コラム

石丸躍進の原動力「やわらかいSNSファンダム」を考える

2024年07月09日(火)09時42分

「やわらかいファンダム」の裾野の広がり

これまでにもSNS上で熱狂的なファンを持つ候補者はいた。例えば4月の衆議院東京15区補選に出馬した飯山陽氏や高市早苗経済安保相、あるいは今回の都知事選の「ひまそらあかね」(暇空茜)氏もそうだろう。その政治家や候補者の思想信条と行動に熱狂し、親身に応援するのだ。「イデオロギー的ファンダム」と十把一絡げにすると怒られるかもしれないが、伝統的な政治家支持の延長にある応援の形態で、「かたいファンダム」、あるいは「濃いファンダム」とも言ってもいいだろう。

しかし、そうした岩盤的ファン層が当該候補者の選挙区に在住しているとは限らない。遠く離れた人でも、選挙区在住者と「等価値」で応援できるのがSNSファンダムの利点でもあり、弱点でもある。岩盤的ファン層には選挙権を持たぬ18歳未満の若者もいる。

「思ったよりも得票が伸びなかった」とか「SNSの勢いでは当選確実なのに(選挙結果が操作されたに違いない......)」とかいった感想がもたらされるのは、SNS上に形成される政治的ファンダムによく見られる現象だ。「SNSでの支持とリアル(実社会)での投票行動はイコールではない」という評価が、これまでの政治の世界では一般的だった。

しかし、それはあくまでも思想と行動に強く共鳴する者によって形成される「かたいファンダム」の話だ。思想信条の一致を共通項とするファンダムは堅牢ではあるが開放性に欠け、自ずとアンチも惹起する。

それに対して、イデオロギー性を限りなく薄める「脱色化」と、論争を誘発するような具体的な論点提示をできる限り避ける「なめらかさ」を備えたファンダムであれば、ファンになる参入障壁は低くなり、ファンの裾野は広がる。選挙区在住かどうか、選挙権を有するか否かという点では、「かたいファンダム」と事情は同じだが、異なるのは、その「裾野の広がり」だ。

実際のところ、石丸氏の主張は玉虫色のものが多く、どのようなイデオロギー的立ち位置なのか定かではない。しかし、それは薄く広く人々に浸透させるのに好都合であり、日本最大の選挙区「東京都」の投票者約688万人(当日有権者数約1135万人、投票率60・62%)の中で、「小池知事と蓮舫候補、正直に言ってどっちもどっちだな。迷うな」と感じていた層に「マッチ」したのではないか。

つまり「やわらかいファンダム」が、有権者の「消極的な選択」の受け皿になり得たからこそ、ほぼ無名に近かった石丸候補が都知事選で約166万票を獲得することができたのではないかと思われるが、いかがであろうか。

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プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

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