コラム

カネと権力に取り憑かれた「メディアの帝王」マードックが残した「負の遺産」

2023年09月22日(金)21時06分

その象徴がサン紙をめくって3ページ目に掲載された女性モデルのトップレス写真「ページ・スリー(3)・ガール」だろう。1970年に始まったこの企画は女性たちの切実な訴えで2015年に幕を下ろした。地下鉄車内で金融街シティのトレーダーが英高級紙フィナンシャル・タイムズの中にサン紙を挟んでページ3ガールを楽しむ姿をよく見かけた。

ビートルズのジョン・レノンと妻オノ・ヨーコは1972年「Woman is the N***** of the World(女は世界の奴隷か!)」を発表している。女性の解放と自立がテーマになっており、タイトルがニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を連想させる。ジョンは女性の自立を訴えるヨーコさんの影響を強く受けている。

長期停滞期に入った英国は憂さ晴らしを求めていた

ページ3ガールは堅苦しくて保守的な英国の文化でも伝統でもなかった。マードック氏に買収される前までサン紙は深みのある長文の記事を掲載する硬派の新聞として知られていた。最初は空いた紙面の埋め草企画で、片方の乳房がのぞく控えめな構図だったが、紙面のセンセーショナリズムとともに、ページ3ガールも両方の胸を丸出しして、より直截になった。

第二次大戦で大英帝国は崩壊、長期の停滞期に入り、重苦しい空気が垂れこめていた英国は憂さ晴らしを求めていた。一部の地方自治体が公立図書館からサン紙を排除すると「ペ×スの表面にできたニキビ野郎」と大げさに反発し、ミニスカートのサン・ガールズに追いかけ回される78歳の自治体首長の写真を掲載するなど一大キャンペーンを張った。

英国では権力が圧倒的な力を持っていることから、公益が認められる場合、オトリ取材や盗聴など少々の逸脱には目をつぶる傾向がある。しかしニューズ・オブ・ザ・ワールド紙は組織的な盗聴が発覚し2011年廃刊に追い込まれる。06年にウィリアム皇太子の携帯電話を盗聴したとして同紙王室担当記者や私立探偵が逮捕されたことが発端だった。

スーパーモデルやセレブ、下院議員、王族だけでなく、アフガニスタンで戦死した英軍兵士の家族、ロンドン同時爆破事件の被害者、行方不明になった英国の10代少女のボイスメールを盗聴していたことが次々と明るみに出て、ニューズ・オブ・ザ・ワールドは168年の歴史に幕を下ろした。

マードック氏は警察官の情報提供に謝礼を支払うことも「フリート・ストリート(英国の旧新聞街)の文化の一部」と容認していた録音テープの存在も浮上した。ニューズ・オブ・ザ・ワールドの盗聴事件を機に新聞倫理を検証した独立調査委員会でサン紙編集長は「ページ3ガールは無害な英国の制度で、もはや英国社会の一部だ」と言い放った。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

訂正中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題

ワールド

豪GDP、第2四半期は前年比+1.8%に加速 約2

ビジネス

午前の日経平均は反落、連休明けの米株安引き継ぐ 円
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story