コラム

イギリス史上最悪の首相? あのお馬鹿な「最短命」首相が、政治の表舞台に戻ってきた

2023年09月20日(水)17時48分

英国財政の信認を支える予算責任局(OBR)のリチャード・ヒューズ局長は「政府が現在の政策を続ける場合、300%程度まで上昇する」との警鐘を鳴らし続けている。「インフレ税」による政府債務(対GDP比)の低減という究極の手段が使えない英国には「増税・歳出削減」という茨の道しか残されていない。

その教訓から学べなかった浅はかなトラス氏は「英国の平均的な国民は米国より9100ポンドも貧しい。このような問題を引き起こしたのは25年にわたる経済的コンセンサスが停滞を招いたためだ。将来さらに深刻な問題を避けるためには、経済的コンセンサスを打ち砕く必要がある」との持論を繰り返した。トラス氏の言う経済的コンセンサスとは何なのか。

競争に重きを置く米国は政府支出の割合が低い

「1980年代や90年代に比べて英国はよりコーポラティズム的な(競争より協調を重視する)社会民主主義国家へと移行した。政府支出はGDPの46%を占めるようになった。ギリシャとスペインを除けば、これほど国家支出が伸びた国は欧州にはない。規制の負担も昨年だけで100億ポンドと増大している」などとトラス氏はネオケインズ主義や環境主義を切り捨てる。

先進国では対GDP比の政府支出はフランス58%、イタリア57%、ドイツ50%、日本45%、米国37%(統計会社トレーディング・エコノミクス)。確かに競争に重きを置く米国では政府支出の割合が低く、協調を重視するフランスは高い。「西側が冷戦に勝利した後、私たちはみな楽観的で明るい未来に目を向け、自由市場から目を離した」とトラス氏は言う。

トラス氏が唱える「3つの矢」は(1)減税(2)構造改革(3)福祉の切り詰め、年金受給年齢の引き上げなど公共支出の抑制である。しかし高齢者の割合が大きくなる国が競争力を取り戻すのは難しい。公共サービスの効率性を上げることができない限り、年金・医療・介護の支出は膨らみ続け、教育や研究・開発への投資は抑えられるからだ。

元保守党上院議員の実業家マイケル・アシュクロフト氏が私財で実施している世論調査では72%が「英国は壊れている。人々はより貧しくなり、何もかもが適切に機能していない」と回答した。英国が壊れていくように感じるのは実質賃金がずっと上がらないことや、警察、原則無償で診療が受けられるNHS(国家医療サービス)の機能低下が主な原因だろう。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 8
    三船敏郎から岡田准一へ――「デスゲーム」にまで宿る…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story