コラム

カタルーニャ独立問題、神出鬼没プチデモンのゲリラ戦に翻弄されるスペイン首相

2017年10月31日(火)16時00分

マドリードではこの日、ホセ・マーサ司法長官がプチデモンと閣僚、カルマ・フルカデイ州議会議長ら計20人を国家反逆罪、扇動罪(最高刑期15年)、公金不正使用罪(同6年)で訴追する180ページもの起訴状を読み上げた。1日の独立住民投票で懲りたラホイ政権は自治権剥奪という伝家の宝刀を抜いたものの、民主的な対応を迫られ、即、拘束という強硬手段に出ることはできなかった。

kimura20171031103204.png
プチデモン前州首相(左端)とフルカデイ州議会議長(中央)(21日、独立派集会で筆者撮影)

ちょうどその頃、BBCのキャスターが驚いたように「州政府庁舎から空を写し、『おはよう』と書き込んだプチデモンは仏マルセイユに車を走らせ、飛行機でブリュッセルに移動した。弁護士と面談していると思われるが、ベルギー内相が政治亡命を受理して審査しているかもしれない」と中継した。プチデモンは閣僚5人と国境を越えたらしい。マドリード(中央政府)もメディアも完全にプチデモンの術中にハマっている。

自治権を剥奪された州議会が粛々と解散され、独立派3党は戦う方針を表明した。直近の世論調査では独立派3党が42.5%、独立に反対するスペイン統一派(ユニオニスト)が43.4%。12月の州議会選挙は大接戦になる見通しだ。

kimura20171031103205.jpg
ラホイ首相を支持するカタルーニャ国民党の州首相候補(筆者撮影)

すでに選挙戦は始まっている。しかし独立運動が罪であるスペインで独立派3党はどんな選挙戦を展開するのだろう。とても想像できない。投獄による口封じを怖れてブリュッセルに避難したプチデモンはEUに選挙監視団の派遣を要請するのか。プチデモンは自治権剥奪という非常事態下で州議会選挙が行われることを最初から望んでいたのかもしれない。

前例のない自治権剥奪も、「暴力」が構成要件になっている国家反逆罪の適用も議論の余地を残す。プチデモンに率いられた独立派は約900人が負傷させられる被害に遭いながら、一切抵抗しない無抵抗・非暴力主義を貫いてきた。ラホイ率いる国民党はフランコ独裁体制の流れをくむ。プチデモンはカタルーニャの深層心理に働きかけ、ラホイにフランコの亡霊を重ねようとしている。

半自動小銃で軽武装した州警察が州政府庁舎に横付けしたのも「中央政府に言われたことはきちんとやっている」という国家警察向けのポーズだったに違いない。プチデモンと閣僚5人はどうしてブリュッセルに高飛びできたのか。要人警護を担当する州警察がプチデモンの居場所をつかんでいなかったということは常識では考えにくい。

州議会選挙が平穏に行われ、その結果を受けてカタルーニャ州政府と中央政府の話し合いが行われ、自治権を拡大したカタルーニャはスペインに残る、そんな見方が市場では強まってきた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィリピン、今年の経常赤字をGDP比3.2%と予測

ビジネス

26年度予算案、過大な数字とは言えない=片山財務相

ビジネス

午前の日経平均は続伸、配当狙いが支え 円安も追い風

ビジネス

26年度予算案、強い経済実現と財政の持続可能性を両
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story