コラム

民主主義先進国、イギリスの落日

2022年10月25日(火)15時10分

就任から45日の退任表明で英史上最短の政権となった HENRY NICHOLLSーREUTERS

<本家本元のイギリスで、近代民主主義はすでに限界を迎えつつある>

イギリスの迷走に世界が口をあんぐり開けている。トラス首相は減税を目玉に保守党党首・首相に選ばれたのに、その減税政策で金融市場が崩落の兆しを見せると、あっさり撤回。自分ではなく財務相を更迭してしのごうとしたが、閣内からも反発が出て、ついに辞任と相成った。2カ月で2人の首相が辞任する体たらくだ。

英国内では早期の総選挙を求める声が高まっている。2010年に、それまで13年続いた労働党政権が国民に飽きられ、保守党が政権を獲得して以来約13年。13年というのは、英政権にとって魔の数字なのかもしれない。

イギリスは近代西欧で発達した民主主義の本家本元だ。18世紀まで英国議会は裕福な地主層=ジェントリーが支配したが、19世紀になると産業革命で都市人口が増える。工場労働者の賃金は次第に上昇して多数からなる中産階級を形成し、彼らは選挙権を要求する。

選挙・被選挙権は次第に拡大されて、第1次大戦末期の1918年には、成年男子は全て選挙権を持つ「普通選挙」が成立した。近代民主主義は、産業革命が社会全体の生活水準を底上げし、教育水準も上げたことで根を下ろしたのである。

ところがその後、イギリスは民主主義の劣化でも世界の先頭を切るようになる。第1次、第2次の世界大戦で徴兵制を導入したことの見返りに、「ゆりかごから墓場まで」の手厚い社会保障制度を作ったが、これで国家は国民から税と兵を搾り取る主人的存在から、国民に奉仕する使用人的存在に落ちてしまった。

ポピュリズムが民主政治の定番に

悪いことに戦後のイギリスは工業の競争力を失い、高賃金の職場が大量に失われた。中産階級の多くは生活に不満を持つ層に転化する。与党も野党もこの不満層を分配への空約束、つまりポピュリズムであおっては票を稼ぐのがイギリス、そしてほかの先進国での政治の定番となった。

だがそれも限界だ。イギリスの国債発行残高は、GDPの1年分を超える(日本は2.6倍だが)。何をやろうとしても、今回の減税策の失敗が如実に示すように限界があるのだ。そして2015年の総選挙でやったように、EU脱退で選挙民を釣ることももうできない。

イギリス政治、いや先進民主主義国の政治は共通した問題を抱える。それはアメリカの共和党・民主党、イギリスの保守党・労働党というような、従来の仕分けが有効でなくなっているということだ。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

伊プラダ第1四半期売上高は予想超え、ミュウミュウ部

ワールド

ロシア、貿易戦争想定の経済予測を初公表 25年成長

ビジネス

テスラ取締役会がマスクCEOの後継者探し着手、現状

ワールド

米下院特別委、ロ軍への中国人兵参加問題で国務省に説
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story