コラム

トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか

2016年07月18日(月)06時51分

REUTERS

<欧州と中東をつなぐ地域大国トルコで、15日夜から発生したクーデター未遂事件。過去3度もクーデターが起きた国だが、今回は失敗に終わった。なぜクーデターが起き、そして失敗したのか。エルドアン大統領は今後どういう手を打つのか。これでトルコは名実ともに民主主義国となるのか> (写真:ボスポラス海峡の橋で、クーデター未遂に関与し投降した兵士を殴打する市民、16日)

 15日午後10時前、英国放送協会(BBC)で「ブレイキング・ニュース(ニュース速報)」として「トルコのクーデター」の文字が流れた。私がいるエジプトとトルコは1時間の時差で、トルコは午後11時前となる。「イスタンブールでボスポラス海峡にかかる橋を軍の戦車が封鎖」という。そのうち、「軍が国営放送TRTを占拠」「イスタンブールのアタチュルク空港が軍に占拠され、全出発便が停止」というニュースが出て、ただならぬことが起こっていることが分かった。

 私はイスタンブールからのライブ中継をしていたアラブ首長国連邦(UAE)のアルアラビヤTVのアラビア語放送に切り替えた。軍が声明を出す。「全権を掌握した。近く新しい憲法を発布する。外交関係と人権は維持される......」。それに対して、ユルドゥルム首相が「軍の行動に正統性はない。政府はなお機能している」と声明を出す。エルドアン大統領は休暇中で南西部のリゾート地マルマリスにいる。イスタンブールのテレビ局NTVにエルドアン大統領から電話が入り、携帯電話に大統領の映像が映る。「クーデターに対抗するために国民は街頭に出よ」と訴える。テレビからは橋を封鎖した戦車の映像が流れている。激しい銃撃音が聞こえる。

 始まって1時間ほどの間は、トルコでクーデターが起こり、イスラム系のエルドアン大統領は終わりになるのか、という気がしていた。3年前の2013年7月に朝日新聞の特派員として経験したエジプトの軍事クーデターの記憶がよみがえってきた。

【参考記事】エジプトの人権侵害を問わない日本のメディア

 空気が変わってきたのは通りに市民が出てくる映像が流れ始めてからだ。大統領支持派か、軍支持派かは分からない。テレビでは両方がいる、という。しかし、現場からの音声で「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」という叫びが聞こえた。イスラムを強調するエルドアン支持者だ。しばらくして、アルアラビヤTVでトルコ人ジャーナリストがイスタンブールの状況をリポートした。「主要な通りは、反クーデターの民衆が繰り出している。エルドアンは選挙で50%を得票している。人々はクーデターを許さない」

 エルドアン大統領が率いる公正発展党(AKP)支持のジャーナリストかもしれないと思いつつも、市民が動いているとなれば、クーデターは簡単に成就するわけではない、という現地の空気が分かった。さらに1時間ほどすると、軍幹部から「軍はクーデターに反対する」「クーデターを起こしたのは軍の少数派だ」などという声明が出始めた。

 その後、状況を決定的にしたのは、群衆が戦車や軍の車両を取り囲み、こぶしを振り上げて抗議する映像だ。戦車から上半身を出している兵士に向かって男性が説得するような映像もある。兵士を乗せたトラックは群衆に取り囲まれて身動きがとれなくなっている。投げつけられた靴が飛ぶ場面も。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア・トルコ首脳が電話会談、ウクライナ和平など協

ビジネス

WTO、26年貿易伸び率予想を0.5%に大幅下方修

ビジネス

米デル、長期収益の成長予測を上方修正 AIサーバー

ビジネス

9月の米雇用者、1.7万人増の見通し=カーライル
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示す新たなグレーゾーン戦略
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレクションを受け取った男性、大困惑も「驚きの価値」が?
  • 4
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 5
    【クイズ】イタリアではない?...世界で最も「ニンニ…
  • 6
    「それって、死体?...」新婚旅行中の男性のビデオに…
  • 7
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 8
    監視カメラが捉えた隣人の「あり得ない行動」...子供…
  • 9
    プーチン側近のマッド・サイエンティストが「西側の…
  • 10
    筋肉が育つだけでは動けない...「爆発力」を支える「…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 5
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 6
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 7
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 8
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 9
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 10
    イエスとはいったい何者だったのか?...人類史を二分…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story