コラム

郵便局事件だけじゃない、知られざるイギリスの冤罪、誤審

2024年01月27日(土)18時53分

一定のパターンに従って起こった誤審は大抵、より大きな問題を明らかにする。後になって、最悪の状況の原因が究明され、そこから教訓を得ることができるようになる。僕は専門的な知識はないが、このSIDSのケースでは明らかにいくつかの要因があったといえる。

第1に、司法制度では鑑定人は1人しか許可されず、それゆえこの1人の証言が不当に重視された。このケースでは、鑑定人の専門家が間違っていた。

第2に、検察はインチキ統計を証拠として堂々と使うことができた。補足情報として使ったのでなく、唯一の証拠としてこれが提示された。たとえるなら、赤ちゃんに疑わしいあざがあったとか、血液中のナトリウム濃度が高かったとか、そういった証拠は何もなかったのだ(実際、サリー・クラークの事件では、2人目の息子の死が自然死だったと病理学者が見解を示していたのに、裁判では提示されなかった)。

第3に、医学会に過剰に敬意を払う風潮も影響した。医師はとても賢く立派だから、間違っているはずはなく、女性は有罪に違いない、というわけだ。

第4に、あまりに多いこの手のスキャンダルに共通しているように見える「力なき庶民」の問題だ。一般市民がこのような事態に巻き込まれると、「無実である」というだけでは助けにならないように思われる。彼らが状況を打開するためには、お金や、専門知識に基づく情報や、発信力や影響力が必要になるが、彼らはそんなものを持ち合わせていない。

郵便局長に南アジア系が多いという事実

もしかすると、もう1つ要因があるかもしれない。彼らが女性だったという点だ。こうした事件で夫が裁判にかけられることは一度もなかった。あからさまに言われていたわけではないから、断言はできない。とはいえ、「いかにも女性ならやりかねない」などとはっきり言う人はいなかったものの、代理ミュンヒハウゼン症候群は圧倒的に女性に多いから、あらゆる女性は「かまってほしい」傾向があるに違いないという先入観がつきまとっていた。

まぎれもなく、ウィンドラッシュ・スキャンダルで被害をこうむったのは黒人たちだ。郵便局スキャンダルも、いくつか疑いが生じる。起訴された郵便局長らは定義上は中産階級の小規模経営者であって「下層民」ではない(そしてほとんどが白人だ)が、かなりの比率で南アジア系の人々(インド系やパキスタン系など)が多い職業でもある。僕は複雑な問題を「人種差別」や「性差別」に単純化して考えないよう慎重を期しているが、それでもこの要素は可能性として排除するべきではないだろう。

目下、郵便局スキャンダルの関連で人々が遠回しに持ち出すもう1つの例が、グレンフェル・タワーだ。ロンドンにあるこの低所得者向け高層公営住宅で2017年に大規模火災が起こり、72人が死亡。被害が大きくなったのは、外壁に可燃性の被覆材が使われていたからだった。事故から6年以上が経過したが、誰一人として何らかの罪に問われた者はいない。一般の人々は、少なくとも犯罪的な過失があったと考えており、リスクを分かっていながら関係企業も地方当局もそれを無視していたと思っている。

無実の「力なき庶民」が司法制度によって押しつぶされることがある一方で、権力や財力を持つ人々は、たとえ罪は重くとも、持てる手段を駆使して少なくとも司法手続きを遅らせたり刑を軽くしたり、あるいは完全に罪を免れたりできる――イギリスの一般市民の目には、そんなふうに見えている。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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