コラム

僕の秘密のニューヨーク案内 パート1

2009年06月15日(月)14時40分

 ニューヨークに僕を尋ねてくれた友人たちは、決まってイライラすることになる。彼らが5番街をぶらぶらしたいとしても、僕はグリーンポイント(あまり知られていないが、とてもチャーミングなブルックリン郊外だ)に連れて行こうとする。エンパイア・ステートビルに上りたいと言えば、歴史から消え去ろうとしている古い工場を見ようと主張する。

 セントラルパークやクライスラービルといった観光名所が嫌いなわけじゃない。ただ、ニューヨークにはもっとたくさんの場所があって、できるだけそれを紹介するのが僕の役目だと思っている。これから何回かに分けて、「知ってほしいニューヨーク」を紹介してみたい。

 ブルックリンであまり知られていないスポットNo.1は、「ビクトリアン・フラットブッシュ地区」。ディスカウントストアや食料品店が並ぶチャーチアベニューから、並木道のラグビーロードへ入ると景色が一変。貧困地区のど真ん中に、巨大な邸宅群が突然現れる。ふつうは富裕層が住む地域や、郊外でしか見られないような家々だ。

 この地区の歴史は1890年代の「実験」から始まる。ディーン・アルボードという変わり者だが先見の明のあるデベロッパーが、50エーカーの土地にそれぞれ特徴のある家が並ぶ「レジデンスパーク」を造ることを決意したのだ。この地区が面白いのは、家が巨大だからではない。アルボートが、アメリカのどこにもない、さまざまな様式の家が並ぶ町並みを実現しようとしたところが面白い。

■見ものは寺院をイメージしたジャパニーズスタイルの家

 たいていのアメリカの町と同様に、この地区も退屈で月並みな直線道路で均等に区切られている。「東17丁目」「4番街」といった無機質な通りの名前は、伝統的なイギリス風の「ラグビーロード」「バッキンガムロード」「ウエストミンスターロード」に変わっているが、イギリス風の家屋はほとんどない。圧巻は、スイスのシャレー(山小屋)をまねた家や、スペイン風コロニアル住宅。その近くには、「クイーン・アン様式」の壮麗なビクトリアンハウスもある。この家では、映画『ソフィーの選択』の撮影が行われた。

 映画では、「一文無しの作家」(僕じゃない)がニューヨークにやって来て、ブルックリンのまっピンクに塗られた下宿屋で部屋を借りる。今では建物の色はピンクでなく白に変わっている。でも、神経症気味の住人が、指揮の真似事をする姿が五重映しになった窓はそのままだ(映画の中でも印象的な場面だ)。
 
さらにすごいのは、1903年にアメリカ人建築家ジョン・ペティットが寺院をまねて造った3階建ての日本建築(バッキンガムロード131番地にある)。あまりに珍しくて目立っていたので、3年間は買い手が見つからず空き家だったらしい。最後は建築費以下の値段で売れたそうだ。それでも当時この家は、ランドマーク的存在で、絵葉書も売られていた。ブルックリン・デーリー・イーグル紙は「アメリカのどこにもない家」と書いた。

 この日本家屋(とその周辺の地域)は、やたらと血気盛んだった楽観主義と、19世紀の天才の存在を思い起こさせてくれる。

colin020609c-K.jpg colin020609d-K.jpg

ニューヨークとは思えない巨大な家が立ち名並ぶビクトリアン・フラットブッシュ地区

colin020609a-K.jpg

寺院をまねた日本建築はランドマーク的存在だった

colin020609b-K.jpg

『ソフィーの選択』を撮影した家。印象的な窓は健在だ


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

エジプト大統領、トランプ氏にイラン紛争停止訴え 原

ワールド

トルコ領空にイラン発射の弾道ミサイル、NATO迎撃

ワールド

サウジ紅海側ヤンブー港の原油輸出量、最大能力付近の

ビジネス

金融政策「良い位置」、イラン情勢の影響見極め可能=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
特集:日本企業に迫る サステナビリティ新基準
2026年4月 7日号(3/31発売)

国際基準の情報開示や多様な認証制度──本当の「持続可能性」が問われる時代へ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思われるドローンの攻撃を受け大炎上
  • 4
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 5
    ビートルズ解散後の波乱...「70年代のポール・マッカ…
  • 6
    ヒドラのように生き延びる...イランを支配する「革命…
  • 7
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反…
  • 8
    【銘柄】東京電力にNTT、JT...物価高とイラン情勢に…
  • 9
    アリサ・リュウの自由、アイリーン・グーの重圧
  • 10
    イタリアに安定をもたらしたメローニが国民投票で敗…
  • 1
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 2
    「水に流す」日本と「記憶する」韓国...気候と地理が育んだ「国民意識の違い」とは?
  • 3
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」モナコ舞踏会に見る富と慈善
  • 4
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 5
    記憶を定着させるのに年齢は関係ない...記憶の定着度…
  • 6
    中国最大の海運会社COSCOがペルシャ湾輸送を再開──緊…
  • 7
    映画『8番出口』はアメリカでどう受け止められた?..…
  • 8
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終…
  • 9
    ロシア経済を支える重要な港、ウクライナのものと思…
  • 10
    オランウータンに「15分間ロックオン」された女性のS…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 6
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 10
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story