コラム

日本の治安が最高なのは共同体パワーのおかげ

2013年01月08日(火)13時11分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔12月26日号掲載〕

 私の知る限り、大都市なのに安全な街は東京だけだ。東京にいるときは昼も夜も安心し切っている。04年に今の家に引っ越したが、引っ越し早々に家の鍵をなくしたので鍵は掛けず、ノックすらせずに出入りしている。スクーターを駐車してその場から離れるときもヘルメットはシートに置いたままだ。「泥棒が怖くないのか?」と聞くフランス人の友人には、私のヘルメットを盗むほど切羽詰まっている日本人がいたら、同じ人間としてヘルメットくらいくれてやるさと答えた。自転車にも鍵を掛けない。それでも無くならないのだから本当にうれしくなる。

 私は今では3人の子供の父親だ。フランスより麻薬がはるかに手に入りにくく、子供たちが盗まれる側にも盗む側にもなる心配が少ない国に暮らせて幸せだと、毎朝しみじみ思う。

 オレオレ詐欺のような犯罪はあるが、フランスに比べればまだましだ。フランスではみんな、いつか盗難や強盗や詐欺に遭うだろうと思っている。私は学生時代、1年に1回は通学途中で襲われた。そんな話、日本では聞いたためしがない。フランス人にとって盗難に遭うのは人生の避け難い事実であり、日本人がいつか地震で命を落としてもおかしくないと考えながら日本を離れないようなものだ。

 フランスにいる私の家族がこの6カ月間でどんな目に遭ったかを紹介しよう。パリ郊外にある両親の家に強盗が入った。私が昔使っていた子供部屋の窓から侵入したらしい。同じ通りにある家は全部、強盗の被害に遭っている。ノルマンディーにある両親の別荘の前では、チンピラがおばあさんから指輪を奪った。パリにある祖母の家の近所では白昼堂々、泥棒が車で銀行に突っ込んで金を盗んだ。祖母の行きつけの薬局も襲撃された。

 私はパリではスクーターに乗れない。乗れば盗まれるか壊されるか、あるいはその両方だから。パリの人間は、レストランに入るときはたいてい自転車のサドルを外して席まで持っていく。ファッションの一部なのかと思っている日本人の友人がいたが、そうじゃない。盗まれるからだ。見掛けない奴だから身分証を見せろ、とギャングから言われるほど物騒な界隈も存在するのがフランスだ。

 だから、盗難なんてないも同然の日本に来ると本当にびっくりする。私のところに遊びに来た弟が京都のゲームセンターに財布を置き忘れたときは、数時間で警察が見つけてくれた。新幹線に置き忘れた絵はがきも誰かが親切に投函してくれたらしく、フランスの宛先にちゃんと届いた。12年版犯罪白書によれば日本では03年以降、9年連続で犯罪が減少している(フランスでは毎年増加している)。

■真に孤独な人間のいない社会

 要するに、日本は本当に治安がいい。誰もがその恩恵に浴している。出身国に関係なく外国人はみんなそのことを実感する。日本の警察の初動捜査が遅れがちなことは国内外で知られているだけに、なおさら意外だ。日本が安全なのは警察のおかげじゃない。では、日本にあってフランスにないものは何だろうか。 

 治安というのは何かの「結果」としてもたらされるもの。経済が上向けば治安は総じて良くなるだろう。日本では経済は低迷しているが深刻な失業問題はなく、貧困もフランスほど過酷ではない。しかし最大の強みは、自分もコミュニティーの一員だという意識の強さだろう。

 日本には真に孤独な人はいない。1億2000万人の一人一人が「安全網」をつくり上げている。フランスでは誰かが盗みを働けば当人だけの問題だが、日本では家族や、その人間が属している集団の評判まで傷つく。この共同体意識は日本の「資産」だ。値段は付けられないし、土地や債券のように資産台帳に記載されるわけでもない。それでも日本はこの意識を失わずに前進を続けるべきだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

ニュース速報

ビジネス

英格付け、国民投票受け見通しを「ネガティブ」に=ム

ビジネス

政府・日銀、英EU離脱で幹部会合 財務官「新たな均

ビジネス

ロッテ株主総会、現経営陣刷新案を否決 長男側は臨時

ワールド

アングル:北朝鮮ミサイル開発にみる金正恩氏の「鉄の

MAGAZINE

特集:英国はどこへ行く?

2016-6・28号(6/21発売)

EU離脱の是非を問うイギリス国民投票はいかに──。統合の理念が揺らぐ欧州と英国を待つ未来

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    ISISが3500人のNY「市民殺害リスト」をアプリで公開

    無差別の市民を選び出し、身近な標的を殺せと支持…

  2. 2

    もし第3次世界大戦が起こったら

  3. 3

    英キャメロン首相「EU離脱派6つのウソ」

  4. 4

    ハーバードが絶賛する「日本」を私たちはまだ知らない

  5. 5

    未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

  6. 6

    Windows10の自動更新プログラム、アフリカのNGOを危険にさらす

  7. 7

    搾取されるK‐POPのアイドルたち

  8. 8

    「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗

  9. 9

    あらゆる抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」、アメリカで初の感染が見つかる

    ペンシルバニア州に住む49歳の女性から発見…

  10. 10

    コンビニATM14億円不正引き出し、管理甘い日本が狙われる

    アフリカ諸国、東欧、中東などでは不正分析ソフト…

  1. 1

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  2. 2

    英国のEU離脱問題、ハッピーエンドは幻か

    欧州連合(EU)にさらに権限を委譲すべきだと答え…

  3. 3

    伊勢志摩サミットの「配偶者プログラム」はとにかく最悪

    <日本でサミットなどの国際会議が開催されるたび…

  4. 4

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  5. 5

    間違い電話でわかった借金大国の悲しい現実

    ニューヨークに住み始めた僕は、まず携帯電話を手…

  6. 6

    移民問題が「タブー」でなくなったわけ

    ここ数年、僕たちイギリスの国民は、一部の政治…

  7. 7

    美学はどこへ行った?(1):思想・哲学・理論

    <現代アートの国際展は、思想や哲学にインスパイアさ…

  8. 8

    パックンが斬る、トランプ現象の行方【後編、パックン亡命のシナリオ】

    <【前編】はこちら> トランプ人気は否めない。…

  9. 9

    中古ショップで見える「貧困」の真実

    時々僕は、自分が周りの人々とは違った経済的「…

  10. 10

    グラフでわかる、当面「円高」が避けられないただ1つの理由

    〔ここに注目〕物価 為替市場において円高が…

  1. 1

    英国のEU離脱派と残留派、なお拮抗=最新の世論調査

    11日に公表された世論調査によると、英国の欧…

  2. 2

    メルセデス・ベンツの長距離EV、10月に発表=ダイムラー

    ドイツの自動車大手ダイムラーは、メルセデス・…

  3. 3

    米フロリダ州の乱射で50人死亡、容疑者は警備最大手に勤務

    米フロリダ州オーランドの、同性愛者が集まるナ…

  4. 4

    米国株式市場は続落、原油安と世界経済懸念が重し

    米国株式市場は2日続落で取引を終えた。原油が…

  5. 5

    英国民投票、「EU離脱」選択で何が起こるか

    欧州連合(EU)は6月23日の英国民投票を控…

  6. 6

    ECBのマイナス金利、銀行に恩恵=コンスタンシオ副総裁

    欧州中央銀行(ECB)のコンスタンシオ副総裁…

  7. 7

    焦点:タカタ再建、「ラザード」効果で進展か 車各社との調整に期待

    欠陥エアバッグ部品の大量リコール(回収・無償…

  8. 8

    インタビュー:世界的な低金利、エンダウメント型投資に勝機=UBSウェルス

    UBSウェルス・マネジメントのグローバルCI…

  9. 9

    NY市場サマリー(10日)

    <為替> 原油安や銀行株主導で世界的に株安が…

  10. 10

    クリントン氏優位保つ、トランプ氏と支持率11ポイント差=調査

    ロイター/イプソスが実施した最新の世論調査に…

定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
リクルート
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

モハメド・アリ、その「第三の顔」を語ろう