コラム

東京を住みよい街にする「しぜんびと」の力

2011年11月28日(月)09時00分

今週のコラムニスト:マイケル・プロンコ

〔11月23日号掲載〕

 秋の気配を感じるようになった頃、植木屋さんに入ってもらっている家が近所にたくさんあった。冬を前にした庭木の手入れだ。町内で私の家の庭だけが雑木林のような状態なのも気まずいので、近所で作業中の2人の植木屋さんに、うちの庭もお願いできないかと聞いてみた。

 植木屋さんたちは驚いたような目で私を見た。東京で外国人が庭木を持っているなんてびっくりだ、とでも言いたげな感じだ。それでも彼らは丁寧に応対してくれ、地下足袋姿で私の家を見に来てくれた。

 家の正面にある木を見て、年配のほうの植木屋さんが笑いだした。この人の目には、手の施しようがないくらい、ぼうぼうに伸びた木に見えているのだろう。私の目には、ちゃんとした「グリーン」に見えるのだが。

 裏庭に回ると、2人は言葉をのんだ。私は、これでも手入れはしていたんですと言うべきか、それとも何もしていなかったふりをするべきか迷ってしまった。

 アジサイの刈り込み方はインターネットで調べたんですよ、と私が少しおどけて言うと、植木屋さんたちの表情は険しくなった。2人は「かわいそう」と言いながら、庭に植わっている松をなでた。植わっている場所もおかしいし、手入れも行き届いていない。

 植木屋さんを見て、私は思い違いをしていたことに気付いた。東京に彼らのような人たちがいることにも気付かされた。オフィスや建設現場で働く人たちや、サービス業に従事する人たちとはまた違った、数は少ないが特別な東京人がいる。「しぜんびと」とでも呼ぶべきか。

 「しぜんびと」は東京の至る所にいる。植木屋さんもそうだし、公園の管理人もいる。花屋の店員も、オフィスビルやホテルのロビーに置く大きな観葉植物を世話する人たちもそうだ。自宅の周りに鉢植えを置き、きちんと固定して飾る人もいる。「しぜんびと」の努力と美意識がもたらすネットワークが、東京をはるかに住みやすい都市にしている。

■自然だって重要なインフラ

 アメリカの都市にも自然はあるが、四角形ばかりで面白みのない公園や個人の庭であることが多い。自然はわざわざ出掛けていって見る場所にあり、暮らしの中に溶け込んでいるものではない。

 アメリカで「日本の庭師」といえば、自然美をつくり出す専門職を指す。枝を切り、落ち葉を集める人のことではない。日本の庭が「作品」として完成を見ることは決してなく、常に変化の過程にある。

 ショッピングや遊び、ビジネスの巨大なネットワークが人々の感受性を押しつぶしそうになる東京では、自然は感受性を保つのに欠かせないインフラだ。交通や通信と同じくらい重要かもしれない。

 いや、もっと重要だろう。自然というインフラは人々の生活に根付いている。家の庭にも歩道の隅のわずかなスペースにも、花や芝生が入り込んでいる。

 「しぜんびと」のおかげで、東京人の関心は仕事の業績やシェア争いや昇進だけで終わらずに済む。この街の自然は、忙しい日々の句読点の役割を果たす。東京の交通インフラは人々を物理的に動かすが、自然インフラは人々の心を動かす。

 植木屋さんの仕事を見て、私は妬ましくなった。彼らは松を救い、アジサイを元気にし、キンモクセイを整え、不要なものを庭からすべて取り去った。明確な目的意識と理解の深さを見ているうちに、私も草木の仕事をしたくなった。

 彼らのおかげで庭は2倍に広がったように見える。東京が巨大で、有機的につながった都市だと感じられるのは、建築家や都市計画家ではなく、「しぜんびと」の力だ。彼らがいるから、東京は仕事の場だけでなく、生活する場所になる。

 植木家さんは別れ際に手を振って言った。「また来年ね」。それまでにわが家の木と東京は、どのくらい育つだろう。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story