コラム

東京の新たな魅力を教えてくれた皇居ラン

2011年09月27日(火)14時51分

今週のコラムニスト:クォン・ヨンソク

〔9月21日号掲載〕

 今年の5月に都心へ引っ越す前から、やってみたいと思っていたことがある。噂に聞く「皇居ラン」だ。とはいえ最初は、ふがいない過去のジョギング遍歴のため、どうせ三日坊主で終わるだろうと、自分でもあまり期待はしていなかった。

 だが、一度その世界に足を踏み入れると、エキサイティングな別世界に夢中になってしまった。今まで知らなかったもう1つの東京の顔があったのだ。

 まず皇居ランには、東京が世界に誇れる利点がある。夜景を見ながら大都会のど真ん中を走る快感は走った人にしか分からない。同時に皇居ランほど、都心にいながら緑に囲まれた風情ある雰囲気の中を、静寂に包まれながら安全に走れるコースはほかにないだろう。

 この春に訪れたパリのセーヌ川沿いの夜景は確かに美しく、治安も悪くなかったが、信号で何度も止まらざるを得ないし、一緒に走るランナーもいないのでさすがに怖い。夜のマンハッタンを走るのは命懸けかもしれないし、北京ではよほど肺が丈夫でないと無理だろう。

 一方の皇居ランは日本で最も神聖な場所を一周するので、信号に邪魔されることもなく、至る所で警官が見守ってくれる。ある警官に「お疲れさまです」と挨拶をすると、「頑張ってください」と返してくれた。東京の警官にあまりよい感情を抱いていなかった僕だが、所変われば警官にも親しみを覚えられるものだ。

 それに、たとえ平日の猛暑の夜でも実に多くのランナーがいて驚かされる。若い女性ランナーも多く、ビギナーの僕を軽々と抜いてさっそうと走り去る。一方で、僕とペースが似ているおじさんもいるので安心だ。一緒に走る見知らぬ同志がいるから、諦めずに走ることができる。

■官僚も石原さんもご一緒に!

 もう1つ、韓国人にとって靖国神社や皇居は心理的に距離のある場所だ。だが、日常的にその脇を走っていると、単なる由緒ある神社であり、歴史の息吹を感じる静かな森の中の宮殿にすぎない。僕の家から皇居に行く途中にある靖国神社の脇を通るたび、風情あるこの凛とした神社をめぐって、あれほどのもめ事があるとは信じられない思いに駆られる。

 皇居についても、以前はなぜ東京のど真ん中にあるのかと思っていたが、今では考えが変わった。対象と接触し、それを反復することが文化的な関係をつくるのだとあらためて感じながら、僕は走る。

 三宅坂を下っていくと、前方に霞が関のビル群が現れる。夜も深まっているというのに、ビルの窓からは節電モードもどこ吹く風で競い合うように明かりがこぼれている。政治がだらしなくとも日本がこうして持ちこたえているのは、黙々と働く官僚や財界の皆さんのおかげかもしれない。

 今日も皇居の周りでは、住む場所も服装もペースも年代も国籍もゴールもバラバラな人たちが走っている。そこには血の通った人間の情熱の香りがする。ランナーズハイよりもっと強い、共同体意識に似た不思議な感動を覚える。世界の人が一緒にこの皇居の周りを走れば、この世界はもっとマシで元気になるのではと、ジョン・レノンのようなことまで思うほどハイテンションになる。

 僕が最も一緒に走りたいのは石原慎太郎・東京都知事だ。イデオロギーや政治的スタンスは違うけれど、一橋大学の発祥地である竹橋を一緒に走れば、大学の先輩・後輩の関係になって、虚心坦懐に日本や東アジアの将来を語れそうな気がする。

 野田佳彦新首相も、僕がひそかに応援している蓮舫さんもみんな出てこい! 国会議事堂を出発し、霞が関では官僚たちが合流。みんなで泥くさく、汗臭く走れば、日本は本当に変わるかもしれない。

 ようやく猛暑の夏が過ぎ、皇居ランにぴったりの秋が来たこの頃。さあ、あなたも今日から一緒に走りませんか?

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豪中銀、予想通り政策金利据え置き 利上げ急がない姿

ビジネス

香港、IPO申請の質の維持を投資銀行に要請 上場急

ワールド

トランプ政権の風力発電プロジェクト承認停止は無効、

ビジネス

マクロスコープ:青森沖地震、懸念される経済損失 専
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story