コラム

「名前はまだない」パレスチナの蜂起

2015年10月27日(火)15時20分

 二つ目の特徴は、蜂起の主体となるパレスチナ人の多くが若者で、オスロ合意を知らない世代だということだ。1993年に結ばれたオスロ合意に、期待することもがっかりすることもない、ただ最初から失敗のなかで生活してきた。彼らにとっては、イスラエルとの和平は何の良いイメージもない。

 また、西岸やガザなどのパレスチナ自治地域のパレスチナ人だけではなく、イスラエル国内のイスラエル国籍を持つパレスチナ人の間で蜂起が広がっていることも、特徴のひとつだ。こうした若者たちが、ツイッターや動画サイトを駆使して、既存組織に拠らない行動の広がりを実現している。イスラエルのリクード党員がこの状況を表現してこう言った。「ビン・ラーディンとザッカーバーグが一緒になったようなもの」。

 この、名前がまだない蜂起に、国際社会は何か解決策を提示できるだろうか。イスラエルとパレスチナ、ヨルダンとの協議を終えたケリー国務長官は、「事態の鎮静化に向けて、新たな措置を取ることで合意した」と述べた。だが、PLOもハマースも知ったことかとするパレスチナの若い世代や、国家をのっとらんばかりの勢いのイスラエルの入植者といった、本当の蜂起の当事者にこの「合意」が届くだろうか。

 むしろ、蜂起の根幹には、当事者の声を掻き消してきた国際社会や域内諸国へのあきらめがある。この間、周辺アラブ諸国はISやシリア内戦にかまけて、パレスチナに耳を傾けてこなかった。それどころか、いまやイスラエルと湾岸アラブ産油国の接近は、公然の事実である。湾岸首長国が保有する航空会社は、堂々とイスラエル領海上空を飛行する。自由シリア軍らしき負傷兵士が、ゴラン高原を経由してイスラエルで治療を受ける。

「周辺諸国が自国の利害にかまけていたからこそ、パレスチナ問題でイスラエルを利する形になったんじゃないか」、と批判するアラビア語紙もないではない(ヨルダンのドゥストゥール紙やレバノンのムスタクバル紙など)。だが一方で、サウディアラビア資本の英字紙「アラブ・ニュース」は、言う。「暴力では解決しない、インティファーダは必要ない」(10月15日)。「インティファーダは必要ない」なら、解決のためにアラブ諸国や国際社会が何をしてくれるのか? その回答がない限り、蜂起は終わらない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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