コラム

サウディアラビア:捨てられた同盟国が取る道

2013年12月11日(水)12時29分

 12月の第一週、サウディアラビアのバンダル諜報局長がロシアを訪問した。

 シリア情勢をめぐる多国間協議である「ジュネーブ2」が来年一月に開催されることから、シリア反体制派に影響を持つサウディと、アサド政権を支援するロシアの間で、「黒幕」同士の腹の探り合いが進んでいるのかと、気になるところだ。

 だが奇異に見えるのは、何故サウディは朋友たるアメリカを介してではなく、直接モスクワに乗り込んだか、ということである。なによりも、バンダルは9.11事件を挟んで、22年もの長きに渡って駐米サウディ大使を務めた人物だ。誰よりもアメリカとのパイプを持つ彼が、わざわざロシアに直接出向かなければならなかったところに、今サウディアラビアが抱える深刻な対米不信、アメリカ離れがある。

 サウディアラビアのアメリカに対する不信が露になったのは、オバマ大統領がシリアへの軍事攻撃を諦めたときだ。へそを曲げたサウディは、国連安保理の非常任理事国就任を拒否した。実はそれ以前からも、エジプトのクーデターをめぐって、意見はぎくしゃくしていた。クーデターは非民主的ではないか、と眉をしかめるアメリカに対して、サウディはエジプトのクーデター政権を全面的にバックアップした。三年前、バハレーンの反政府デモに対して、隣国の権威を振りかざしてサウディがこれに介入し、鎮圧したときも、オバマ政権はいい顔をしなかった。

 ダメ押しとなったのが、先月のイランの核開発をめぐる暫定合意だ。イラン革命以来断交状態のイランとアメリカの間で外相会議がなされたこと、大統領同士が電話会談したことは、かつての嫌悪感むき出しの米・イラン関係と比較すると、隔世の感がある。いつもはイランに懐疑的なアメリカのメディアも、この機を逃してはならない、といった論調がめだつ。

 イランとアメリカの関係改善は、イランと域内政治で角突き合わせるサウディアラビアにとっては、最大の打撃だ。アメリカのこの対イラン接近は、「敵国との関係改善に走るアメリカが同盟国サウディを見捨てようとしている」、と映る。バンダルの訪ロシアも、そう考えれば、アメリカに見切りをつけてロシアに鞍替えしようとしているようにも見える。

 実際、最近は旧来の対米同盟国の「浮気」が目立つ。エジプトがロシアからの武器購入交渉を進めているとして、論議を呼んでいるし、トルコも中国製武器の買い付けに走っている。スンナ派世界の雄としてシリアの反政府勢力を支援してきたトルコは、先月、シーア派の一大行事アーシューラーの季節に外相がイラクを訪問し、シーア派聖地のナジャフを訪れてシーア派の宗教権威たちと面談した。スンナ派ハナフィー派を国教としたオスマン帝国時代、帝国領内のシーア派の「自立」に手を焼き鎮圧を続けてきた(イラクの宗派対立の根源とも言ってよい)トルコが、初めてシーア派の本家本元に足を踏み入れたのである。背後にイランを見ていることは、明らかだ。

 アメリカが頼るに値しないので他の超大国に代理依存しよう、という流れの一方で、域外大国に頼れなければ自分たちでなんとかしなきゃ、と考えるのも道理かもしれない。先月から今月初めにかけて、湾岸諸国とイランの間の行き来がかまびすしい。まずUAEがイランに外相を派遣し、それに応えるかたちでイランのザリーフ外相が、カタール、クウェイト、オマーンを訪問した。この時、サウディアラビアは訪問先には入っていなかった。おやこれは、サウディの同盟国(というより、子分?)すらも親分を見限る事態というわけか? 先週末にはバハレーンでサウディアラビアを含めた湾岸諸国の、安全保障、外交などの専門家、政府高官が集まって協議がおこなわれたが、こちらにはイランの元核開発問題協議責任者であるムーサヴィアンが参加している。彼はアフマディネジャード時代にスパイ容疑で逮捕されるなどした結果、今はアメリカで客員教授を務める人物だ。政府とも政府と距離を置いたものとも、とにかくイランとパイプをつながなきゃ、とのムードが、湾岸アラブ諸国の間に広がっている。

 同盟国を見捨てるアメリカ、という図式は、どこかに重なって見えないだろうか。サウディのイラつきが強まるごとに、他人事とは思えない不安感が漂ってくる。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮、日本の核兵器への野心「徹底抑止」すべき=K

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ

ワールド

アングル:トランプ政権で職を去った元米政府職員、「

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story