コラム

「非リア充」のアルカーイダからアラブ革命の「リア充」へ

2011年05月10日(火)13時21分

 どうも日本人は、「反米武装勢力とは、絶大な統率力を持ったボスキャラが支配する邪悪な組織」、と考えがちらしい。ビン・ラーディンが米軍に殺害されて、一週間。「これでテロ集団アルカーイダも終わりだ」と、勧善懲悪映画のラストを見るようなはしゃぎ方が、日本のメディアに見られる。

 米政府がはしゃぐのは、よくわかる。オバマはブッシュが始めた泥沼の「対テロ戦争」に「勝った」と宣伝できるし、9-11後、米国が抱えてきたトラウマからの卒業というイメージを、国民に提供できる。なによりも9-11後10年にあたる今年の中間選挙には、使える材料だ。

 しかし、アルカーイダと呼ばれるネットワークは、ビン・ラーディンが消えたからといって、芋づる式に組織全体が崩壊するような類のものではない。いやむしろ、ビン・ラーディンが象徴していたアラブの若者のトレンドは、すでに一昔前のものとなっている。

 アラブ社会のネット事情と若者の過激化をテーマに研究している日本エネルギー経済研究所の保坂修司氏は、高学歴のエリートで家族にも恵まれた若者が、「ジハード」への情熱に駆り立てられて、アルカーイダに身を投じて「自爆」へと進む様子を、その若者のブログから分析しているが、これが実に面白い。自国(この場合はヨルダンだが)と家族を捨てた彼は、イラクやアフガニスタンの戦場で自爆し、天国に行くことへの憧れ、ロマンを、ネット上で吐露している。

 アルカーイダやビン・ラーディンに惹きつけられる若者たちは、最近のネット用語でいえば「非リア充」を目指してきた。自分の生きる現実世界には存在しない、バーチャルな理想のイスラーム共同体を、自国から遠く離れた地に夢見て、アルカーイダはアフガニスタンに寄生した。そして、現実ではなく死後の世界に楽園を求める。リアルな世界での人生の充実より、二次元のアニメやネット上の非リアルな想像の世界で生きていきたいと考えるのは、ある意味でどこの若者たちにも共通に見られる現象だ。

 だが、「非リア充」としてのビン・ラーディン現象は、今回殺害される前から、すでにピークを越えていたといえる。今年1-2月のチュニジア、エジプトでの「革命」で盛り上がった「リア充」を求める声が、アラブの若者たちを席巻したからだ。

 90年代後半以降の10年間は、情報革命によって爆発的に広がったアラブ世界の若者たちの想像力が、非リアルの世界に向かった時代だった。それが、2000年代後半から今年にかけて、リアルな日常生活を充実させることこそが必要なのだ、と現実世界へと向きを代え、デモに参加し、弾圧されることを恐れない「恐怖の払拭」につながったのだ。

 若者はいつまで「リアル世界の充実」に希望を持ち続けられるだろうか。再び「非リアル世界」にしか充実を求められないような閉塞感がアラブの若者を取り囲めば、ビン・ラーディン現象は復活するかもしれない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アマゾン、オープンAIに最大500億ドル出資で協

ビジネス

アップル、10─12月業績が予想上回る iPhon

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック下落、巨大テック企

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、FRBのタカ派姿勢で下支え
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 3
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大胆な犯行の一部始終を捉えた「衝撃映像」が話題に
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 6
    パキスタン戦闘機「JF17」に輸出交渉が相次ぐ? 200…
  • 7
    配達ライダーを飲み込んだ深さ20メートルの穴 日本…
  • 8
    日本経済を中国市場から切り離すべきなのか
  • 9
    致死率高い「ニパウイルス」、インドで2人感染...東…
  • 10
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 5
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 6
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 7
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 8
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story