コラム

「カルタヘナ法」違反で初逮捕 遺伝子改変メダカとメダカブームの道のり

2023年03月14日(火)12時30分

同じ頃、メダカの品種改良は盛んに行われるようになります。鮮黄色の「黄金(03年)」、朱赤色の「楊貴妃(04年)」などが現れると、改良メダカのブームが始まりました。メダカの繁殖はスピードが早いため、珍しい特徴を持ったメダカを次々に掛け合わせたり固定させたりすることで、新品種は続けざまに生まれました。気軽に繁殖を行え、販売に免許は必要ないため、メダカ市場に参入する者も増えていきました。

07年に、背ビレから尾ビレにかけて青く光る「幹之(みゆき)」が現れると、高級メダカブームが起こりました。10年代になると、さらにさまざまな体色のメダカが開発され、珍しいメダカには1匹数万円もの値が付くようになりました。中には1匹100万円を超えるものも現れました。

警察や環境省が動向を注視

近年は、高級メダカ狙いの盗難も相次いでいます。19年には愛媛県今治市の飼育場で被害額400万円超のメダカが盗まれ、昨年10月にも神戸市の会社で愛好家のメダカ300匹が盗まれました。改良メダカは自然発生の突然変異を固定しているため、「自分が所有していた個体だ」と証明することはできません。ほとんどが泣き寝入りになってしまうのが現状です。

今回のメダカは、天然には存在しえない遺伝子を持っていたため、大学から流出したものとはっきりと同定できました。遺伝子組換えで発光遺伝子を持つようになった「光るメダカ」は、05年頃に台湾などから輸入されて日本でも出回り、環境省と農林水産省が回収を呼びかけたことがあります。このような経験から、警察や環境省が遺伝子改変メダカの動向に注視をしていたことも今回の逮捕につながりました。

幸いなことに、今回、大学から流出したこの遺伝子改変メダカは「P1A レベル遺伝子組換えメダカ」で、遺伝子組換え生物の拡散防止措置では最も簡易なものを要求されており、毒素の生産などの有害性はないといいます。

ただし、絶滅危惧種のメダカは、本来の生息水域ではない在来固有種のメダカが人為的に放流されると遺伝子汚染が起こり、環境への適応性が失われる可能性があるという議論すらあります。遺伝子組換え生物が野に放たれる危険性は尚更です。人が手を加えたものを気軽に捨てたり拡散したりすべきではないことは、合成品も生物も同様です。むしろ、生物のほうが深刻になりかねないことを肝に銘じておくべきでしょう。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

訂正-〔アングル〕米アマゾン、オープンAIとの新規

ビジネス

日経平均は反発、調整の反動で買い戻し 伸び悩みも

ビジネス

訂正-リクルートHD、今期の純利益予想を上方修正 

ビジネス

スクエニHD、純利益予想を下方修正 118億円の組
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイロットが撮影した「幻想的な光景」がSNSで話題に
  • 4
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 5
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 6
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇…
  • 7
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 8
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story