コラム

ゴーン解任劇に潜む日仏文化摩擦の種

2018年11月28日(水)17時30分

司法とメディアのダモクレスの剣

第二に、日本人はやはり外人嫌いなのではないか、少なくとも外国人経営者が日本企業のトップにいることを快く思っていないのではないかという、疑念と不安である。ゴーン氏は日産の救世主として讃えられ、経営指南書から漫画にまで取り上げられるほど日本では人気があると信じられてきただけに、日本人が手のひらを返したようにゴーン叩きをするようになったことが、恐ろしく映るのだろう。

フランスのメディアでは、今回のゴーン解任劇で明らかになった「司法とメディアのダモクレスの剣」が、今後日本企業の外国人経営者を委縮させるようになり、日本に投資しようとする外国人投資家が躊躇するようになる可能性すら囁かれている。

第三に、日本の司法手続きに対する無理解と不信である。罪状の軽さと罰の重さのアンバランスという点で、粉飾決算の東芝や欠陥エアバッグのタカタの例では、経営者個人の身柄の拘束までは行われなかったのに対し、どうして日産の件ではゴーン氏個人が拘置所に入れられるのかといった疑問が提起される。また弁護士が検察による事情聴取に立ち会えないという司法手続き上の不備(少なくともフランス人の目から見れば)を指摘する声もある。さらに、検察の事情聴取においてゴーン氏は日本語での陳述を強いられているといった誤解すら報じられている。

企業文化の違い

これらの疑念や不信に対しては、一つ一つ、日産や検察が、事実を明らかにし、詳らかにすることによって、解消を図っていくしかないが、問題の背景には、日本とフランスの間の企業文化の違いや、社会と企業の関係、企業と個人の関係に対する考え方の違い、メンタリティの違いがある。

このように今回の問題は、単なる企業間の摩擦を超えて、日仏間の文化摩擦の問題を孕んでいる。日本人は長くフランスを含む欧米社会から「不可解」な人種と見られてきた経緯がある。日本社会と日本企業のグローバル化に伴い、そうした「偏見」は薄れつつあったが、残念ながら消えてはいなかったということだ。こうした文化摩擦は、今や、グローバル企業を志向するすべての日本企業が経験しなくてはならない通過儀礼と言えるかもしれない。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

ロシア黒海主要港にウクライナ攻撃、石油輸出停止 世

ビジネス

米ウォルマートCEOにファーナー氏、マクミロン氏は

ワールド

中国、日本への渡航自粛呼びかけ 高市首相の台湾巡る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新作のティザー予告編に映るウッディの姿に「疑問の声」続出
  • 4
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 7
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 8
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 9
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story