最新記事
金融

トランプはFRBを支配できるのか──次期議長人事が呼び起こす「スタグフレーション」の悪夢

Trump vs. the FRB

2026年1月5日(月)17時24分
ヘンリー・マー (シドニー大学講師)
トランプはFRBを支配できるのか──次期議長人事が呼び起こす「70年代スタグフレーション」の悪夢

FRBのパウエル議長の解任をちらつかせるトランプの発言に市場が反応したことも(25年7月) AP/AFLO

<物価高への不満が強まるなか、トランプは利下げに前向きな人物を据え、大統領の影響力を金融政策に及ぼそうとしている>

ドナルド・トランプ米大統領が1月早々にFRB(米連邦準備理事会)の次期議長を指名するのではないかとみられている。

物価上昇が再び加速して生活費の高騰への関心が集まるなか、今回の人選は金融市場だけでなく一般の消費者からも注視されている。トランプはFRBの金融政策に対する大統領の権限を強化しようとしており、中央銀行が政治闘争の舞台になっている。ただし、FRBの独立性に対する政治介入は、半世紀前の前例が示すように、深刻なリスクを伴う。


トランプとFRBのジェローム・パウエル議長とは緊張関係が続いている。2018年に第1次トランプ政権で議長に就任したパウエルだが、トランプは利下げに慎重な姿勢を繰り返し非難し、解任すると脅してきた。25年11月にもパウエルを「深刻な精神的問題を抱えている」「道化」と呼び、「クビにしてやりたい」と発言している。

現行制度では、トランプは「正当な理由」なくパウエルを解任することはできない。米連邦最高裁判所は解任は汚職や不正行為などに限定されるとしており、後任を指名しても、パウエルの2期目の任期が切れる今年5月まで待たざるを得ないだろう。

もっとも、その間にもトランプは7人いるFRB理事の1人リサ・クックの解任をもくろみ、彼女の住宅ローン詐欺疑惑をめぐって司法省に調査させた。ただし、根拠は乏しく、クックは引き続き現在も理事を務めている。

人為的な低金利のリスク

トランプとFRBの対立の根底には、金利設定をめぐる権限認識の違いがある。トランプは、大統領である自分に事前の協議があってしかるべきだと考えている。国民に生活費高騰の責任を問われているトランプは、景気刺激策として利下げを求める圧力を感じている。

従って、次期FRB議長には即座に大幅な利下げを行うなど、今後の金融政策において自分の意向を反映させる人物を据えたい考えだ。

利下げは、短期的には支出を刺激する効果があるが、長期的には低金利がインフレ圧力を高め、生活費の上昇をさらに押し上げるリスクがある。

そのため多くの先進国では、中央銀行の独立性が厳格に守られている。この独立性によって、選挙や支持率といった短期的な政治事情が、金融政策の長期的な判断を左右しないようにするためである。

やはり深刻なインフレ危機に直面していた1970年、リチャード・ニクソン米大統領はアーサー・バーンズをFRB議長に任命した。そして利下げを強く求め、金融政策の策定に大統領の助言を反映させるように要求した。

バーンズの就任式でニクソンは次のように語っている。「これは低金利と金融緩和を事前承認するという意味である......私は彼の独立性を尊重する。しかし、最終的には、私の見解を採用するべきだという結論に至ることを望んでいる」

ニクソンはFRBの独立性を弱める法案を成立させると圧力をかけ、バーンズは利下げを重ねた。しかし、性急な利下げと、大統領が金融政策に介入しているという認識が、アメリカの経済危機をさらに深刻化させた。

その結果、アメリカはスタグフレーションに陥り、バーンズの在任中、インフレ率は年11.8%、失業率は8.5%に達した。

「糖分補給」療法の限界

70年代の「大インフレ」を終息させたのは後任のFRB議長ポール・ボルカーだ。バーンズがインフレ期待の悪循環を生み出したことを踏まえて、ボルカーは80年に金利を一気に19%まで引き上げた。その後もインフレが沈静化するまで、2桁水準の金利を維持した。

いわゆる「ボルカー・ショック」は最終的にインフレを抑え込むことに成功したが、超高金利と失業率の急上昇など、大きな代償を伴った。政治的圧力に応じて利下げという短期的な「糖分補給」に頼ることが、いかに危険かを物語っている。

スタグフレーションの再来の兆候があると一部の経済学者が警告する状況で、トランプは次のFRB議長を選ぼうとしている。

有力視されているのは、トランプが24年に国家経済会議委員長に任命したケビン・ハセットだ。利下げに積極的で、第1次政権に続いて要職を担っていることからも、トランプの意向を強く意識した判断を行う可能性は高い。

第2の候補は、ウォール街出身の経済学者ケビン・ウォーシュ。08年の世界金融危機下でFRB理事を務めた経験から、インフレ抑制を重視する「タカ派」と評されている。しかし、25年12月にウォーシュを「面接」したトランプは、自分と目標を共有していると感じたようだ。

ハセット国家経済会議委員長

次期議長の有力候補とされるハセット国家経済会議委員長 KEVIN LAMARQUEーREUTERS

誰が指名されようと、最大の焦点は、次期FRB議長が政治介入を排除し独立した金融政策を追求できるかどうかだ。トランプは行政部門への権力集中を進めているが、FRBは今のところ独立した権限を維持する機関であり続けている。70年代のスタグフレーション危機は、その独立性が損なわれることに対する明確な警告だ。

スタグフレーションの懸念が強まる今、金融市場や消費者、そして世界も、FRBとホワイトハウスが繰り広げる政治劇に翻弄されている。

The Conversation

Henry Maher, Lecturer in Politics, Department of Government and International Relations, University of Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


日本
【イベント】国税庁が浅草で「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録1周年記念イベントを開催。インバウンド客も魅了し、試飲体験も盛況!
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米自動車販売、25年は環境激変でも2.4%増 26

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高を好感 TOPIX

ワールド

アムステルダム、大雪で航空700便欠航 パリも運航

ビジネス

米シェブロン、ベネズエラに従業員呼び戻す 原油輸出
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AI兵士の新しい戦争
特集:AI兵士の新しい戦争
2026年1月13日号(1/ 6発売)

ヒューマノイド・ロボット「ファントムMK1」がアメリカの戦場と戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...強さを解放する鍵は「緊張」にあった
  • 3
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    スペイン首相、アメリカのベネズエラ攻撃を「国際法…
  • 5
    野菜売り場は「必ず入り口付近」のスーパーマーケッ…
  • 6
    「見ないで!」お風呂に閉じこもる姉妹...警告を無視…
  • 7
    ベネズエラ攻撃、独裁者拘束、同国を「運営」表明...…
  • 8
    顔も位置もDNAも把握される――米国で現実化する「SF級…
  • 9
    中国生成AIの限界...ディープシーク後に見えた米中の…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチン、その先は袋小路か
  • 3
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙」は抑止かそれとも無能?
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    眠る筋力を覚醒させる技術「ブレーシング」とは?...…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 10
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中