最新記事
アカデミー賞

「原爆の父」オッペンハイマーの伝記映画が、現代のアメリカに突き付ける原爆の記憶と核の現実

“OPPENHEIMER”: THE MAN AND THE BOMB

2024年4月22日(月)17時20分
キャロル・グラック(コロンビア大学名誉教授〔歴史学〕)
アメリカと原爆と『オッペンハイマー』

映画は天才物理学者オッペンハイマーの成功と赤狩り時代の「凋落」を描く ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

<アカデミー賞作品『オッペンハイマー』を通して、大勢のアメリカ人が原爆と核戦争の歴史に引き込まれ、ミレニアル世代やZ世代の多くは初めてその現実を知ることになった>

『オッペンハイマー』は興行収入(全世界で10億ドル近く、アメリカだけで3億ドルを超えた)、アカデミー賞(作品賞を含む7部門を受賞)、レビュー(映画評論家だけでなく科学者や歴史家にも注目された)が示すとおり大成功を収めた。

1人の物理学者が同僚と語り合い、共に研究に取り組んで世界初の原子爆弾を開発する3時間の伝記映画が、スーパーヒーローかスーパーマリオかトム・クルーズがいなければ映画館に足を運ばない人々の興味を大いにかき立てると予想した人は少なかった。

そして、ピンクずくめの少女の着せ替え人形を主人公にした映画がなければ、『オッペンハイマー』はあそこまでヒットしなかっただろうと多くの人が考えている。

2023年の真夏に同日公開された「バーベンハイマー」(バービーとオッペンハイマーを合体させた造語)は一大ブームを生み、意外すぎる2人組のミームがソーシャルメディアを駆け巡った。

映画『バービー』がなければ、『オッペンハイマー』がこれほど多くの観客を集めることはなかった。『バービー』のおかげで大勢のアメリカ人が原爆と核戦争の歴史に引き込まれ、彼らの多くは初めて知ることになった。

アメリカでは今や人口の40%以上が、1981年以降に生まれたミレニアル世代とZ世代だ。彼らは第2次大戦に関する知識が驚くほど薄い。

ヒロシマと原爆は知っているが、その開発や日本に投下するという決断については、ほとんど何も知らない。実際、この世代の大多数は、第2次大戦のアメリカの同盟国と敵国はどこかという質問にさえ答えられないのだ。

彼ら若い世代の70%近くが核兵器は非合法化しなければならないと考えているが、一方で、『オッペンハイマー』のクリストファー・ノーラン監督の息子の言葉にうなずく人も多いだろう。

Z世代である息子は父親の新作のテーマを聞いて、「核兵器や戦争について本気で心配する人はもういない」と言った。

ノーランはこう答えた──「たぶん心配したほうがいい」。今は若い世代にも心配している人が増えただろう。『オッペンハイマー』の観客の3分の1以上は32歳以下だ。

newsweekjp_20240418044744.jpg

アカデミー賞授賞式でのノーラン監督(今年3月) TRAE PATTON/©A.M.P.A.S.

年長の観客は男性のほうが多く、若い世代より戦争について以前から知っていたかもしれない。そんな彼らにとっても、ロバート・オッペンハイマーとマンハッタン計画(米政府の原爆開発計画)の物語は新鮮で、心をつかまれた。

それはどのような物語なのか。その物語は歴史と、そしてアメリカの原爆の記憶と、どのように重なるのだろうか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

新技術は労働者の痛み伴う、AIは異なる可能性=米S

ワールド

トランプ氏不倫口止め裁判で最終弁論、陪審29日にも

ワールド

多数犠牲のラファ攻撃、イスラエルへの軍事支援に影響

ビジネス

温暖化は米経済に長期打撃、資本ストックや消費押し下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 6

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 7

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 8

    なぜ「クアッド」はグダグダになってしまったのか?

  • 9

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 10

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中