最新記事
韓国

「パラサイト」出演、スター俳優イ・ソンギュンを殺した韓国社会の不寛容

No Mercy for “Druggies”

2024年1月16日(火)19時20分
ウヌ・リ(ライター)

240123p40_KJS_02.jpg

イの遺体が発見された現場(23年12月27日、ソウル) AFLO

情報が漏れるや否や、イをめぐって根拠のない噂と臆測が飛び交った。メディアは警察の情報を垂れ流し、国民は失望を口にした。イを優しいパパの仮面をかぶった偽善者、「薬物犯罪者」と罵った。私生活を暴き、妻子を追い回した。日刊紙もSNSユーザーも寄ってたかってイを糾弾し、全国放送のテレビ局までもが調子を合わせた。

法の原則であるはずの「推定無罪」は踏みにじられた。商店主は店先に貼ってあったイのポスターを剝がし、彼を広告に起用した企業はブランドイメージが傷ついたとして訴訟を検討した。映画会社は出演作の公開を中止すべきかどうか議論した。

イが薬物検査を複数回受けて陰性だったことも、脅迫の被害を受けたことも、世間は気にも留めなかった(イは警察に、知人から渡されたものを、違法薬物の可能性を考えずに摂取したことがあると認めていた。20代の女がこの事件を公表するとイを脅し、口止め料を要求していた)。

世論が死刑を宣告した

イの夜遊びにはいくつか疑問も残るが、薬物検査が陰性だったことを考えると不起訴処分になった可能性が高い。仮に彼が薬物を使っていたとしても、同情と救いの手が差し伸べられるべきだった。

しかし、世間の手はイを殴り付けた。人々は頭の中で裁判を行い、彼に死刑を宣告したのだ。

韓国では違法薬物に対する嫌悪感が強い。薬物乱用者は烙印を押され、追放され、贖罪の機会は与えられない。メディアはイのキャリアも人生も完全に終わったかのような報道を続け、彼をどこまでも追いかけた。社会は彼の暗い未来を予言し、それが現実になったようなものだ。

薬物乱用者や薬物使用の疑いがある人に対する国民の嫌悪感に、政府の政策や司法、医療制度が輪をかけている。政府機関の放送通信委員会は昨年10月、イなど芸能界の薬物使用疑惑を踏まえて、「薬物犯罪者のテレビ出演を禁止する」方針を表明した。

問題の核心は、薬物使用者が社会的・医学的リハビリが必要な患者ではなく、もっぱら犯罪者と見なされることだ。いったん犯罪者のレッテルを貼られたら、速やかに社会から排除され刑務所に送られるべきだとされる。

尹は22年に薬物犯罪の対策強化を指示。840人の専門家から成る薬物撲滅のタスクフォースを創設し、犯罪対策費を2倍以上に増やした。昨年には、前年比2倍を超える2万人以上が検挙された。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人

ワールド

プーチン氏、対ウクライナ姿勢変えず 米制裁期限近づ

ワールド

トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命令 メ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    【クイズ】2010~20年にかけて、キリスト教徒が「多…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 8
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    ニューヨークで「レジオネラ症」の感染が拡大...症状…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 9
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 10
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中