李克強急死でも反政府デモが不発だった理由
What ex-premier Li Keqiang's death means for Xi Jinping's China
李克強前首相の訃報を伝える中国の新聞(10月28日)REUTERS/Tingshu Wang
<李克強は政策論争でことごとく習近平に負け、経済政策も鄧小平らの受け売りだった。共産党幹部は丁重に彼を見送ったという>
中国では11月2日、先月(10月27日)死去した李克強・前首相の告別式が行われた。議論を避けるため、中国国内では告別式のニュースが大きく報じられることはなかったが、今後中国の景気悪化がさらに深刻化すれば、李の死をめぐる議論が再燃し、習近平国家主席を悩ませることになる可能性があると専門家は指摘する。
<画像>送電線もガス管も建物の外を這う密集した中国の「スラム街」
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院のアルフレッド・ウー准教授は、「今後中国が景気後退に陥れば、国民が経済や国民の福祉・幸福についての李の考え方を思い起こすことになるかもしれない」と指摘した。
李は最終的には習の政治的な方針に従ったものの、一部からは「習近平に対抗できる可能性がある政治家」と見られていた。李の比較的市場寄りの政策は、国家安全保障を重視する現在の習のイデオロギーとは対極にある。
中国政府がどれだけ李の存在を脇に追いやっても、彼の死をめぐっては当面の間、さまざまな噂が飛び交うことになるかもしれない。
「習近平は李克強が死亡した状況について、さまざまな噂が広まる前に先手を打とうとしているのかもしれない。いずれにせよ、噂が大きな影響力を持つことはなさそうだ」とウーは本誌に語った。
中国の国営メディアは李について、10月27日に上海で心臓発作により死去したと報道した。68歳とまだ比較的若かったことから、その死をめぐってさまざまな噂が飛び交った。
治療も診断も政治絡み
中国の指導者は、中国共産党の医師団が特別な健康管理を行っており、定期的に健診も受けているが、それには政治も絡む。中国の周恩来元首相が膀胱がんと診断を受けた際には、当時の国家主席だった毛沢東が医師に対して、本人に告知をしないよう指示して手術も許可せず、これが周の死につながった。
11月3日には、中国国営の新華社通信の報道によって、李の死をめぐる新たな情報が浮上した。李が病院に搬送され、懸命な救命措置が行われるなか、中国指導部の複数の面々が病院を訪れたという。
「李前総理の治療中と死去後には、習近平氏、李強氏、趙楽際氏、王滬寧氏、蔡奇氏、丁薛祥氏、李希氏、韓正氏、胡錦涛氏などが病院を訪れ、また、さまざまな形で李克強氏の死去に深い哀悼の意を表し、その親族に深い慰問の意を示した」と新華社は報じた。
李の死後、彼が幼少期を過ごした安徽省合肥市の家の外には大勢の人が集まり、哀悼の意を示した。一部の専門家は李の死後、かつて胡耀邦や趙紫陽などの政治指導者が死去した後に発生したような大規模な反政府デモが起きる可能性があると予想した。だが今回は予め、共産党幹部らが埋葬される北京の「八宝山革命公墓」への移動は制限されていた。大規模な集会を防ぐためだ。
インド・ベンガルール(旧バンガロール)にあるシンクタンク「タクシャシラ研究所」で中国学を専門とする研究員のマノジ・ケワルラマニは本誌に対して、習が李の死に関する報道を操作している可能性があると、次のように述べた。