最新記事

南シナ海

フィリピンは結局「中国寄り」か反中か──南シナ海・対中攻防史

A RISKY BET FOR THE US

2023年2月9日(木)11時05分
ハワード・フレンチ(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)
南シナ海・南沙諸島

南沙諸島のウイットサン(牛軛)礁に中国船が大挙して停泊(21年4月) PHILIPPINE COAST GUARD-AP/AFLO

<この20年、米中の間で揺れてきた島国。マルコス大統領はアメリカに再接近するが、その思惑と路線変更「継続」の可能性は>

中国が南シナ海における「歴史的権利」なるものを主張し始めたのは、今世紀に入ってからのこと。面積約350万平方キロに及ぶ世界屈指の広大なシーレーンである南シナ海を手中に収めようと、地図上に「九段線」なる線を引き、その内側の海域は歴史的に中国の管轄下にあったと主張し始めたのだ。

九段線で囲った海域は中国の南東岸から牛の舌のように垂れ下がり、周辺の国々の海岸線に触れんばかりに迫っている。

これまでに何度か蒸し返され、国民党政権時代に磨きをかけられた歴史的主張は以下のようなものだ。

この海域の島々を発見したのは古代中国の航海士であり、特にどの国もそれらの島々の領有権を主張しなかったため、中国が伝統的にこの海域を領海の一部として管轄してきた......。

過去に、南シナ海に浮かぶ岩礁を管轄下に置こうとした国はあった。1988年にはベトナムがスプラトリー(南沙)諸島のジョンソン南礁の領有を試みたが、中国は武力でこれを排除。ベトナム海軍の兵士多数が犠牲になった。

以後、中国の恫喝に周辺国は沈黙を強いられ、一方的な現状変更に正面から異を唱える国はフィリピンくらいしかなくなった。

フィリピンは多数の島々で構成される国で、その多くはとても小さな島だ。隣の大国よりはるかに貧しいこの国はその排他的経済水域(EEZ)に眠る海底油田の開発に経済成長の夢を託している。

中国は明らかにフィリピンの大陸棚にある未開発の油田に食指を動かし、2004年に多額の投資をちらつかせて当時のフィリピンの新大統領グロリア・マカパガル・アロヨを抱き込み、海底油田の探査を中国と共同で進める旨の合意書にサインさせた。

だがフィリピンのメディアがこの取り決めの詳細を暴くと、世論の怒りが噴出。アロヨ政権は民意に押され失効期限より2年早い2008年にこの合意を無効にした。

これに怒った中国は南シナ海における「歴史的権利」をさらに強硬に主張し始めた。

フィリピンは中国の主張する九段線に根拠がないことを立証するため、国連海洋法条約(UNCLOS)に基づき2013年にオランダ・ハーグの国際仲裁裁判所に提訴。中国も1994年に発効したUNCLOS条約の締結国であるため、フィリピンはこの裁判で海底資源をめぐるゴタゴタに決着がつくものと期待した。

片や中国は、自国の主張は法的根拠が薄いことを自覚したのか、仲裁裁判には法的拘束力がなく、その裁定には何の意味もないと強弁した。

仲裁裁判所はそれに屈せず、古代における島の発見は「先占」(どの国にも属していない土地に他国に先んじて支配を及ぼすこと)の証拠とはならないとして、2016年7月、中国の主張をほぼ全面的に退ける判決を下した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中