最新記事

北朝鮮

女性兵士50人が犠牲に...北朝鮮軍が動揺した「鬼畜事件」

2023年1月12日(木)17時42分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
北朝鮮の女性兵士たち

軍事パレードで更新する北朝鮮の女性兵士たち(2018年9月) Danish Siddiqui-Reuters

<様々な問題を抱える北朝鮮軍だが、特に深刻なのは組織の腐敗による軍記びん乱で、その要因となっているのが飢餓と虐待だ>

韓国の情報機関・国家情報院(国情院)は5日、国会情報委員会で北朝鮮情勢に関する報告を行い、北朝鮮軍序列1位の朴正天(パク・チョンチョン)党軍事委員会副委員長兼党書記が昨年末に解任されたことについて、訓練中の準備不足と指導力不足が解任の原因との見方を示したという。

報告は非公開で行われ、情報委員の野党議員がメディアにその内容を明らかにした。この議員はさらに、「金正恩は軍の指導部の総入れ替えし、最終的に軍の支配力強化を目指している」とも述べたという。ただ、この見解が国情院のものなのか、あるいはこの議員の個人的な理解が混じったものなのかは判然としない。

いずれにせよ、今回の説明は、あまり意味あるものだとは言えない。北朝鮮軍の「準備不足」はほとんど慢性化しており、新しい問題ではない。それにもかかわらず、金正恩総書記は恐怖政治で軍を掌握していると見るべきで、軍指導部の総入れ替えが急がれる状況でもないからだ。

となれば、朴氏の解任は、より具体的な事象が原因となった可能性がある。それが何かはわからないが、近年の北朝鮮軍内の動静から推測してみようと思う。

北朝鮮軍は様々な問題を抱えているが、特に深刻なのは組織の腐敗による軍紀びん乱だ。そして、その2大要因となっているのが飢餓と虐待だ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩"残酷ショー"の衝撃場面

北朝鮮軍は協同農場が国に納める軍糧米などを主な食糧とし、ごく一部を自給自足している。ただ、軍糧米は兵士に届く前に横流しされ、それが深刻な飢餓を生んでいるのだ。

これは、北朝鮮軍が「戦う集団」としての能力を維持するために、今すぐにでも解決しなければならない問題だ。しかし、軍の食糧事情が改善したという話はいっこうに聞こえてこない。

それもそうだろう。北朝鮮の農業は最悪の状況にあり、収穫量が激減しているとされる。また、将官や将校には相変わらずまともな給料が払われておらず、彼らは物資の横流しをしなければ生きていけないのだ。

一方、兵士に対する虐待を巡っては、若干の変化が見られる。以前は軍幹部の「やりたい放題」で被害者の泣き寝入りで済まされていたのに、最近は加害者が処罰されたとの情報が聞こえるようになったのだ。

たとえば昨年の夏、黄海南道(ファンヘナムド)海州(ヘジュ)に本部を置く朝鮮人民軍第4軍団傘下の師団で政治部長を務めていた40代のキム上佐(中佐と大佐の間の階級)が、40~50人もの女性兵士に性的虐待を加えた容疑で逮捕された。キム上佐は極刑に処せられたと見られている。

この動きに、一般兵士らは驚愕したという。一方、身におぼえのある幹部らは動揺したことだろう。

ここ2~3年、こうした情報が少しずつもたらされるようになった。金正恩政権の特徴のひとつは女性高官の活躍であり、これは以前にはまったく見られなかった現象だ。もしかしたら、こうした変化の中で生まれた「新感覚」が、軍にも影響しているのだろうか。

もちろん、軍内での鬼畜行為がなくなったわけではないだろう。だからこそ、責任者には改善が求められているはずだ。少子化の進む北朝鮮では、大事な子どもを腐り切った軍隊に送るまいとする親たちの抵抗が強まっているとも言われる。核戦力の整備が進んでいるとは言え、まだまだ「質」より「数」が頼みの北朝鮮軍にとって、兵員の充足は死活的な問題だ。

一方、朴氏は軍総参謀長も務めたバリバリの軍人だが、新しい感覚を持っているようにも見えない。その辺で、何か金正恩氏の気に入らないことがあったのかもしれない。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中