最新記事

北朝鮮

道の米粒を拾った夫婦を、歩けないほど「タコ殴り」に...北朝鮮の悪化する食糧事情

2022年10月26日(水)11時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載
金正恩の農場視察

農園を視察する金正恩(2019年10月) KCNA via REUTERS

<共同農場で働く夫婦が「落ち穂」を拾っただけで、警備員から激しい暴行を加えられた。深刻な食糧事情で北朝鮮社会が余裕を失っていること示す一例だ>

北朝鮮の農民は、協同農場の収穫物を横領し、市場に売ることで現金収入を得てきた。本来、収穫物は国に収め、一定量を分配してもらう形となっていたが、これがうまく機能せず食べていけないために、そうするしかないのだ。

当局は度々、警告を発して取り締まりを強化していたが、そんな中で悲しい事件が起きてしまった。平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

首都・平壌郊外の平城(ピョンソン)市の雲興里(ウヌンリ)の協同農場で働いている40代のキムさん夫婦は、今月初めのある日、仕事を終えて午後9時ごろに農場を出た。あぜ道には落ち穂がたくさん転がっていた。

一般的に北朝鮮の農場には、そもそもトラックが少なく、あったとしても燃料が足りずに使えないため、農民は収穫した稲を束にして背負って運ぶ。その過程で、米粒がポロポロ落ちるのだが、夫婦はそんな落ち穂を拾っていた。

そこにやって来たのは農場の警備員だ。「まだ収穫が終わっていないのに、なぜ落ち穂拾いをするのか」と詰問されたキムさんは「収穫が終わっていない田んぼに入りさえしなければいいのではないか、農民の私がなぜ稲を盗むのか」と反論し、口論へと発展した。

徐々に双方のボルテージが上がり、警備員が複数集まってきて、キムさんに暴行をふるい始めた。横で黙ってみていたキムさんの妻も暴行された。ほうほうの体で逃げ出したキムさん夫婦は、歩けないと言って家で寝込んでしまったという。

なぜこんなことが起きたのか。

まず、落ち穂拾いは「公式」にも行われることが理由として挙げられるだろう。農場は、収穫が終わった後に、農民と都会から来た支援者を集めて2〜3回、道で落ち穂拾いをして、米粒を一つ残らず拾い集める。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩"残酷ショー"の衝撃場面

そのため、個人的に落ち穂拾いをすることは許されておらず、情報筋によると、先月にも帰宅途中に落ち穂拾いをしていた農民が糾察隊(取り締まり班)に捕まり、2時間にわたって身柄を拘束された上に、2時間かけて拾い集めた落ち穂をすべて没収されたとのことだ。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

また、農民が収穫後の穀物に手を出す以外にも、腹をすかせた朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士が農場や農家を襲撃して、穀物を強奪する事件が度々起きていることもあり、警備員は相当苛立っていたのだろう。

「こんな暴行事件は去年までなかった」と述べた情報筋は、「田畑にある作物を盗んだわけでもなく、食べていくために道に落ちていたものをひろっただけなのに、それであんなに殴られなければならないのか」と、夫婦への同情を示した。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独VW、中国車両の大半を小鵬と共同開発の新技術で生

ワールド

米ロ核軍縮条約失効、新たな軍拡競争の懸念 中国が対

ビジネス

独鉱工業受注、12月予想外の2年ぶり大幅増 基調改

ビジネス

海運大手マースク、今年は軟調な利益見通し 紅海航路
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 3
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 4
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    トランプ不信から中国に接近した欧州外交の誤算
  • 9
    アジアから消えるアメリカ...中国の威圧に沈黙し、同…
  • 10
    電気代が下がらない本当の理由――「窓と給湯器」で家…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 7
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中