最新記事

海賊行為

「映画を盗むな」の広告がむしろ海賊行為を増やしている 仏研究

2022年8月26日(金)16時00分
青葉やまと

過剰なマナー広告は逆効果? Wpadington-iStock

<映画の盗撮と不正流通は深刻な問題だが、その対処は一筋縄ではいかないようだ>

デジタル技術の発達に伴い、いわゆる海賊行為が映画業界に深刻な打撃を与えるようになってきた。映画館で上映中の作品を密かに撮影する、あるいはストリーミングで配信された画面を録画するなどの手法により、不正に作品に複製し再流通させる行為だ。

このような問題行為は著作権法に抵触するだけでなく、業界の収益性を損ね、新たな映画作品が生まれにくい環境を作り出してしまう。手を焼く各国の映画業界は、上映前に不正行為防止を呼びかけるCMを上映し、モラル向上を訴えてきた。日本の映画館では必ずといっていいほど「NO MORE 映画泥棒」のマナーCMが流れているほか、アメリカやイギリスなどでも過去にDVDの冒頭に公共広告が挿入されていた。

しかし、こうした広告を頻繁に流しすぎると、かえって海賊行為を行いやすい心理状態を生んでしまうことがあるようだ。行動経済学の観点からの課題として、フランスの学者たちが論文を発表し問題提起している。

ハリウッド映画に添えられたメッセージが逆効果に

論文はフランス・リヨンに位置するESSCA経営大学院のジル・グロロー博士(経済学)らが著した。今年7月、社会学の学術誌『ザ・インフォメーション・ソサエティ』のオンライン版で公開されている。

グロロー博士は行動経済学の観点から、海賊行為の禁止を繰り返し呼びかけることの危険性を指摘している。逆効果となっている代用的な例が、過去にハリウッド製作のDVDに用いられていたキャンペーンだ。

アメリカでは2000年代にDVD作品を購入すると、冒頭に『Piracy it's a crime(海賊行為は犯罪です)』の公共広告が挿入されていることが多かった。当時としてはスタイリッシュな1分間ほどの映像を通じ、若者が映画を不正にダウンロードする様子が描かれている。

また、CMは字幕を通じ、「車を盗んだりカバンを盗んだりはしないと思うが、映画を盗むこともないようにお願いしたい」という内容のメッセージを主張している。

しかしグロロー博士らは、こうした啓発映像を頻繁に目にすることで、視聴者らは海賊行為に対して徐々に垣根の低さを感じるようになると指摘している。多くの人が海賊行為を行なっているとの認識が広まるため、この広告は「逆効果であり、海賊行為を助長する」と博士らは述べる。

特定の行為を禁じれば、それが頻発していると明かす結果に

この効果をより具体的に説明するため、論文では、アリゾナ州のペトリファイド・フォレスト国立公園の事例を取り上げている。

樹木の幹がそのままの見た目で化石化している同地では、広大な敷地内に点在するこうしためずらしい化石を持ち去る例が相次いでいた。だが、持ち去り防止を呼びかける看板を公園管理者側が設置したところ、かえって持ち去り事例が増加したのだという。

ほかの人々も持ち去り行為を行なっているのだと間接的に告知することで、かえって不法行為への心理的障壁が下がってしまったためだと考えられている。博士たちは映画の海賊行為についても同様であり、過剰なマナー広告は逆効果だと指摘している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

原油先物、週間で2%超安 堅調な米経済指標受け

ワールド

米大統領選でトランプ氏支持、ブラックストーンCEO

ビジネス

米国株式市場=反発、ナスダック最高値 経済指標が追

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、利益確定で 経済指標堅調で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目の前だ

  • 2

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」...ウクライナのドローンが突っ込む瞬間とみられる劇的映像

  • 3

    批判浴びる「女子バスケ界の新星」を激励...ケイトリン・クラークを自身と重ねるレブロン「自分もその道を歩いた」

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 6

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 7

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 8

    テストステロン値が低いと早死にするリスクが高まる─…

  • 9

    日本を苦しめる「デジタル赤字」...問題解決のために…

  • 10

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 10

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中