最新記事

北朝鮮

愛と慈悲に満ちた、心優しい将軍様へ──ソフト路線にイメチェン中の金正恩

A New Public Persona

2022年8月22日(月)13時25分
エマ・ナイモーン(朝鮮半島研究者)
金正恩

朝鮮戦争の休戦協定締結から69年を祝って、平壌で元兵士らと記念撮影に臨む金正恩(2022年7月28日) KCNAーREUTERS

<叔父・張成沢の処刑と兄・金正男の暗殺など、冷徹な独裁者から民衆の心に寄り添う「友人」へ。今、なぜ北朝鮮メディアは祖父や父のような「神格化」ではなく、新戦略を取るのか?>

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記について多くのメディアは、核戦争の脅威を振りかざす威圧的で権威主義的な独裁者として描いているが、北朝鮮の国営メディアは全く異なる。

北朝鮮の統治体制は常に指導者を神格化し、不可能な偉業を喧伝して、指導者をたたえる巨大な像や芸術作品を設置してきた。金正恩は、父や祖父の神格化の域には達していないが、新型コロナウイルスは彼にまたとない機会を与えている。これまで以上に厳しい政策を国民に押し付けながらも、軍事指導者のイメージから、先代たち以上に「国民の父親」に近い存在に変わろうとしているのだ。

独裁政権にとって政治的不安定の要因は5つあるが、北朝鮮はそのほとんどにうまく対処してきた。

1つ目は、政府関係者が制度的な手段で指導者を退陣させる「失脚」だ。朝鮮半島北部の政治体制に参加していた甲山派(カプサンパ)と呼ばれるグループが1960年代後半に、金日成(キム・イルソン)は工業化を早計に推し進め、個人崇拝を強めていると声高に批判し、彼を権力の座から引きずり降ろそうとした。金日成は甲山派だけでなく、反対分子になり得る人物をことごとく粛清して失脚を免れた。

2つ目は、政権のメンバーが権力を奪おうとする「内部転覆」だ。金正恩政権はこの転覆の芽を、何回も残忍に摘み取ってきた。よく知られているのは、2013年に処刑された張成沢(チャン・ソンテク、金正日〔キム・ジョンイル〕の妹の夫)と17年の金正男(キム・ジョンナム〔金正日の長男〕)で、いずれも近親者ながら正恩の権力に脅威を与えていた。

3つ目は「クーデター」で、一般に軍上層部が権力を掌握する。北朝鮮の歴代3人の指導者は、軍の指導者をなだめ、配置換えを行い、粛清するなど、クーデターを防ぐために細心のダンスを踊ってきた。

国民のために涙を流す

4つ目は、外国勢力が金の政権排除に動くリスクだ。北朝鮮の軍事や諜報活動には、外国からの不安定化に対する抑止力を含むさまざまな目的がある。

5つ目は北朝鮮政権はまだ経験していないが、長年の懸念材料である「民衆蜂起」だ。北朝鮮で大きな民衆蜂起が起きたことはない。金日成時代は政権が国民をかなり強く抑え付けていた。金正日時代は90年代半ばから深刻な大飢饉が続き、国民は生き延びることに精いっぱいだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中