最新記事

犯罪

どちらも銃所持率が高いのに、なぜアメリカは危険で北欧諸国は安全なのか?

GUN CULTURE AND CRIME

2022年6月23日(木)17時11分
ピーター・スクワイヤーズ(英ブライトン大学犯罪学・公共政策教授)
テキサス銃乱射事件

銃乱射事件の現場であるユバルディの小学校 PETE LUNAーUVALDE LEADER-NEWSーHANDOUTーREUTERS

<5月のテキサス州の小学校での事件など、銃犯罪で子供が犠牲になる事件が相次ぐアメリカ。高所有率でも事件が少ない北欧との比較が示すのは>

アメリカで再び、学校での銃乱射事件が発生した。5月下旬にテキサス州ユバルディの小学校で起きた事件では、18歳の容疑者が殺傷力の高いアサルトライフルを犯行に使用。児童19人と教員2人が殺害された。

新たな悲劇の中、アメリカとその他の国での銃器による子供の死亡率を比較すると、その違いの大きさに圧倒される。

子供の安全対策などに取り組む米独立系非営利団体チルドレンズ・ディフェンス・ファンド(CDF)が指摘するように、アメリカでは今や、1~19歳の層の死因のトップが銃関連だ。2019年には、子供が犠牲になる銃関連の事件が1日当たり9件発生。2時間36分ごとに1件起きた計算になるという。

こうした事件のうち、学校などで起きる乱射事件が占める割合は少ない。大半の場合、被害者は個人単位で、日常的な犯罪やギャングの暴力に絡む銃撃が原因だ。犠牲者には、アフリカ系アメリカ人をはじめとするマイノリティーが圧倒的に多い。

高所得国のうち、アメリカの突出ぶりは際立っている。米医学誌ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンが18年に発表した報告によれば、オーストラリア、スウェーデン、イングランドおよびウェールズなどの12カ国・地域と比べ、銃器によって死亡する子供の数は36.5倍(16年時点)に上る。

銃所持率の高い北欧諸国では銃犯罪が少ない

近年の国際的研究では、銃所有率の高さと銃犯罪率の高さが密接に関連することも判明している。リベラル系シンクタンク、アメリカ進歩センターが全米50州を対象に行った分析では、銃規制が最も厳格な州と、銃犯罪率が最も低い州には強い相関関係があることが分かった。

国際的な研究では、国ごとの銃規制法、銃所有率や銃犯罪率も比較している。興味深いことに、フィンランドやノルウェーなど、国民100人当たりの銃所有者数が多い欧州各国(ただし、拳銃ではなく狩猟用ライフルや散弾銃の場合だ)は、銃犯罪に関して世界で最も安全度が高い。

研究者が着目するのは、銃の所有が伝統的価値観である敬意や責任感と結び付く「文明化した」銃文化と、銃器の入手しやすさが主に犯罪者や不安定な人々に力を与え、暴力や混乱が加速する「非文明化する」銃文化の違いだ。

銃器による殺人の件数は、高度な社会的結束や低い犯罪率、国際的に見て高い警察・社会制度への信頼度によって減少すると考えられる。その反面、銃所有率が高いフィンランドやスウェーデン、スイスでは銃による自殺率が高い。

220628p60_JHZ_02.jpg

北欧では銃犯罪は少ないが、銃による自殺件数は多い(ノルウェーの銃砲店) KRISTER SOERBOEーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

世界で最も銃規制が厳しいイギリスや日本は、銃器による殺人発生率が最も低いレベルを維持している。その大きな理由は、犯罪の武器として好まれる拳銃が事実上禁止されていることにある。

もっとも近年のアメリカの銃乱射事件では、より弾倉が大容量で、発射速度が高速なアサルトライフルが犯行に使われている。乱射事件による犠牲者数が大幅に増えているのはそのせいだ。

法規制だけでは変わらない

かつて銃器に関する学術研究はアメリカだけで行われ、その大半は銃所持権を擁護する全米ライフル協会(NRA)から直接・間接的に資金を得ていたが、今では銃規制の研究が国際的に進んでいる。

その結果、より幅広い問いに焦点が当たるようになった。研究者は銃器そのものではなく、銃使用の文脈や文化的相違に着目し始めた。犯罪学者なら承知しているように、新たな法律を施行するだけで変化が起きることはほぼないという認識も芽生えた。法を破るのが犯罪者だからだ。

専門家の間では今や、より広範な「銃規制レジーム」への関心が高まっている。銃犯罪の発生動向に大きな影響を与えるこうした枠組みは警察・刑事司法制度、政治的アカウンタビリティー(説明責任)体制、社会保障、包括的な教育提供や信頼の文化によって構成される。

アメリカの銃文化は、豊かな民主主義国家の間では極めて特異なものに見える。とはいえ銃による死亡率は、より貧しく、対立が激しい南アフリカやジャマイカ、ホンジュラスのほうがはるかに高い。

アメリカ国内では近年、銃規制を伴わない対策の1つとして、警戒体制の強化が進む。特に学校では、生徒・保護者・教師がネットワークを形成し、異常を示す兆しに目を光らせている。

さらに野心的な取り組みを行っているのが、米非営利団体バイオレンス・プロジェクトだ。エビデンスを集積してデータベースを作成し、銃乱射犯について既に判明している傾向から学び、言動やソーシャルメディアでのやりとりから事件発生の可能性を予測しようとしている。

それでも、銃の数がより多ければ、銃犯罪の件数はより多くなる。これはもはや否定できない事実だ。

ユバルディでの銃乱射事件への反応が、学校の安全体制や警察の介入の遅れといった限定的な問題に集中しがちな点は無視できない。アメリカが他国と比べ、子供にとってこれほど危険な場所になっている数多くの根本要因は見過ごされたままだ。

The Conversation

Peter Squires, Professor of Criminology & Public Policy, University of Brighton

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

ニューズウィーク日本版 世界が尊敬する日本の小説36
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月16日/23日号(9月9日発売)は「世界が尊敬する日本の小説36」特集。優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB景気先行指数、8月は予想上回る0.5%低下 

ワールド

イスラエル、レバノン南部のヒズボラ拠点を空爆

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中