最新記事

映画

戦争で夫を奪われ瓦礫のなかで出産する女性...現実と不気味に重なる映画への注目

History Keeps Repeating

2022年5月11日(水)18時50分
サム・アダムズ(スレート誌映画担当)
『クロンダイク』

ドンバス地方に暮らす妊娠中の女性の視点から描いた『クロンダイク』の一場面 KEDR FILMーSLATE

<『クロンダイク』『破片でできた家』──ウクライナとロシアの監督作品に見る、見覚えのある戦場の現実とアーティストの苦悩>

崩壊したマリウポリの病院から運び出される負傷した妊婦――その画像は、ウクライナで続く戦争の光景のうち最も恐ろしいものの1つだった。

だが、あり得ないほど痛ましいシーンでありながら、奇妙にも見覚えがあるという感覚に襲われた。実人生ではなく、アート作品の中で。

今年1月、米サンダンス映画祭でプレミア上映されたウクライナの映画監督マリナ・エル・ゴルバチの『クロンダイク』のクライマックスは、今から思えば不気味なほど現実と重なる。

サンダンスに出品された初のウクライナの劇映画である同作の主な舞台は、同国東部ドンバス地方にある住宅だ。爆撃を受けて半壊した家には、初めての子供の誕生を待つ夫婦が暮らしている。妻は臨月間近で、夫は親ロシア派の分離主義武装勢力による徴兵を避けようと必死だ。

物語は妻の視点を中心にして語られる。彼女の願いは、男たちが領土争いをやめ、平和の中で家庭を築くこと。だが最後の場面では、夫が武装勢力に連れ去られ、かつて自宅だった瓦礫の中で妻は出産を迎える。

『クロンダイク』を予言的作品と称するのは行きすぎだろう。ウクライナ東部のような紛争地では、歴史は必ず繰り返される。むしろそれが、本作の根底にあるものの一部だ。

この映画は特定の時と場所をめぐって展開する。具体的に言えば、2014年7月17日、ウクライナ東部上空を飛行中のマレーシア航空の旅客機が同地の分離主義勢力に撃ち落とされ、乗員乗客298人全員が死亡した事件だ。

自分たちの命を守ろうとする夫妻の切羽詰まった状態と、誰からも明確な答えが得られない情報不足のはざまで、撃墜事件は当初、遠くの出来事として捉えられる。悲劇を示すのは、地平線に立ち上る油煙やロケットランチャーを載せたトラックの列だけだ。

記録映画が伝えること

同じく、今年サンダンスで上映されたドキュメンタリー映画『破片でできた家』では、家族の間で歴史が繰り返される。デンマーク人のサイモン・レレング・ウィルモント監督は、旧作『犬の遠吠え』(17年)の舞台、ウクライナ東部を再訪。裁判所の決定で親と引き離された児童の保護シェルターを取材している。

近年のウクライナでの出来事には触れないが、画面に広がる光景は『クロンダイク』と同じだ。荒涼として爆撃の傷だらけで、耐えるしかないから耐える人々で満ちている。

一方、ウクライナ人監督セルゲイ・ロズニツァは、過去の映像資料を発掘・再利用する手法を多用して、歴史と真正面から向き合う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇

ワールド

ゴア元副大統領や女優ミシェル・ヨー氏ら受賞、米大統
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中