最新記事

エネルギー

ロシアと欧州、ウクライナめぐり「ガス対決」で共倒れのリスク

2022年4月5日(火)09時31分

ウッド・マッケンジーの首席アナリスト、カテリナ・フィリペンコ氏によると、欧州のガス貯蔵量は、春から夏にかけては特段需要を抑えなくても十分かもしれない。とはいえ、何らかの対策を講じない場合、10月末までに貯蔵率が10%程度の水準で次の冬に突入しかねないという。

欧州では既に価格高騰で消費者や産業界が打撃を受け、各国政府が悪影響緩和のために何十億ドルもの財政支出を行っている。それでも他の地域からより多くのLNGを集めるには、欧州の卸売価格がアジア市場の指標LNG価格よりも高止まりする必要がある。

EU欧州委員会のシムソン委員(エネルギー)は、3月の欧州議会で「ガスプロムと長期契約を交わした企業は、われわれがLNG市場で支払うよりも大幅に安い価格でガスを受け取っている。このため、今後のエネルギー価格に重大な影響が生じるという点を、われわれは認識しなければならない」と強調した。

自滅行為

ロシアも、財政資金として大事な収入源がなくなる恐れが出てくる。

ガスプロムが公表した直近データによると、昨年1─9月に欧州とトルコ、中国に輸出したガス1760億立方メートルの代金として、2兆5000億ルーブル(310億ドル)を受け取った。

SEBリサーチのアナリストチームは「ロシアにとって、供給制限という判断は、自らの足を撃つ行為だ」と説明する。

今回の大統領令がルーブル相場の下支えを狙ったのだとしても、効果は長続きしない可能性がある。

フィッチ・ソリューションズのアナリストチームは「大統領令は、(欧米の)制裁によってただでさえロシア中央銀行の外貨資産利用が著しく制約されている局面で、ロシアの重要な外貨獲得源を切り捨ててしまうことになる」と述べた。

欧州の買い手は、ルーブル決済への移行が契約違反と繰り返し主張。ガスプロムが訴えられ、多額の賠償金支払いを迫られる展開もあり得る。

もう1つの疑問は、ロシアが欧州に供給するガスを止めた場合、そのガスをどう活用できるのかという点だ。ロシアのマトビエンコ上院議長は最近、アジア市場に供給先を切り替えられると発言した。

しかし、ロシアが欧州に送るガスをアジアに輸出できるようにするパイプラインは存在しない。別の産地から中国に供給するパイプラインはあるが、これと欧州向けのパイプラインもつながっていない。

アジア勢としても、ロシアから購入を増やすのをためらうのではないか。SEBリサーチのアナリストチームは「(ロシアは)自分自身でガスを他国に供給する道を封じている。ロシアがちゅうちょなくガスを武器として使う姿勢をはっきり見せているとすれば、例えば、中国ないしインドがロシア産ガスに頼る路線を選ぶ公算が、いったいどれだけあるだろうか」と述べた。

むしろロシアは、国内貯蔵を増やすしかなくなるかもしれない。国内貯蔵能力は720億立方メートル前後で、それと別にガスプロムは、欧州で90億立方メートルを貯蔵できる。

ガスプロムは2020年に2380億立方メートルだった国内ガス需要が26年までに2600億立方メートルに増大すると見込んで、貯蔵を増やす計画だ。

だが、短期的には欧州向け供給分が貯蔵に回るとすれば、3カ月から4カ月で貯蔵能力に達し、一部のガス生産が停止してもおかしくないとみられている。

(Nina Chestney記者)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2022トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます


【話題の記事】
・ロシア戦車を破壊したウクライナ軍のトルコ製ドローンの映像が話題に
・「ロシア人よ、地獄へようこそ」ウクライナ市民のレジスタンスが始まった
・【まんがで分かる】プーチン最強伝説の嘘とホント
・【映像】ロシア軍戦車、民間人のクルマに砲撃 老夫婦が犠牲に


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和

ワールド

米政権、スペースXとの契約見直し トランプ・マスク

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中