最新記事

建築

被災地に立ち並ぶ「ブラピの復興住宅」、カビとシロアリが覆う現在の悲惨な姿

Making It Wrong

2022年2月17日(木)17時00分
ユーディット・ケラー(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校国際研究員)
ブラッド・ピット

2008年3月、復興住宅の着工式に出席したブラッド・ピットとビル・クリントン元大統領 LEE CELANOーREUTERS

<ブラッド・ピットが理事も務めた慈善団体が、ハリケーン被災者に供給したおしゃれで安価な家は欠陥住宅ばかりだった>

2005年8月末にアメリカ南東部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」。ルイジアナ州ニューオーリンズの被災地に手頃な価格の復興住宅を供給することを目的に、人気俳優のブラッド・ピットが非営利組織メイク・イット・ライト財団を立ち上げたのは07年のことだった。

同財団は08~15年にかけ、著名な建築家フランク・ゲーリーらによる斬新なデザインの住宅を109棟建てた。ところがその多くが欠陥住宅だったことで、現地では大きな問題になっている。ひどいカビやシロアリ、木部の腐敗、雨漏りといった問題が発生し、既に取り壊されたり無人になった家々もある。

都市地理学の専門家で住宅団地の研究をしている私は、18年からこの問題を追っている。当時から住民は市議会に働き掛けを行ったり市当局による建物の検査を求めたりしていたが、状況は改善していない。非営利組織による住宅開発の持つ危うさを浮き彫りにした格好だ。

問題の復興住宅があるのは市東部、ロウアー・ナインス・ワードと呼ばれる低所得の黒人住民が多い地区だ。賃貸ではなく分譲で、建設に際しては環境への配慮や持続可能性が重視された。安全で再利用可能な建材が使われ、全ての家にソーラーパネルやエネルギー効率のいい冷暖房システムが備え付けられた。

同財団によれば、住宅建設にかかった費用は2680万ドル。低価格を実現するために、コストを下回る1戸15万ドル程度で販売された。財団は「安価な住宅のデザイン性と機能性を向上させる」ことを使命として掲げていた。

また同財団は、地域社会の活性化や結束も図ろうとしていた。例えば住民が共同利用できる庭園を造ったり、新しい住民たちのために定期的に会合を開いたりした。

ところが肝心の住宅はといえば、私の手元のデータによれば、状態がいいと言えるものは6棟しかない。部分的な修繕、もしくは構造的な問題から全面的な改修を余儀なくされている家が大半だ。2棟はカビの問題が深刻で取り壊された。

雨どいや軒、耐水塗装、化粧梁といった、住宅ならあって当たり前の大事な要素が備わっていない家が多い。いずれも高温多湿で雨の多いニューオーリンズでは必要不可欠なものだ。

ピットは同財団の広告塔として活動し、18年の時点では理事に名を連ねていた。それでも彼の弁護士は、欠陥住宅の問題でピットを訴えるのは見当違いだと主張している。だが裁判所は19年、ピットが果たしてきた役割から、訴訟の被告たり得るとの判断を下している。

私は11人の住民と、彼らと共に訴訟を戦っている都市計画の専門家7人に話を聞いた。また、建築許可に関するものなど公的な資料に目を通したほか、現地調査も行った。

220222P52_BPJ_02.jpg

無人になった復興住宅 JUDITH KELLER, CC BY-SA

「時限爆弾の上にいるよう」

今年初めの時点で、カビや腐敗、水漏れや構造上の問題から6軒の家が空き家になっている。

住民の1人、若いハナ(以下、住民の名前は全て仮名)にとって、この復興住宅は初めて買った家だった。ところが引っ越してたった8カ月で家は「完全にめちゃめちゃな状態」になっていたとハナは言う。平らな屋根はニューオーリンズの豪雨に耐え切れず、ひどい雨漏りが起き、その結果、シロアリとカビが発生した。

家はその後、取り壊された。だがハナは今も有毒なカビが原因の健康問題を抱えている。「どんな時も希望の光はあると言いたいところだけれど、この状況では見えてこない。人生設計のかなりの部分を狂わされてしまったから」と彼女は言う。

話を聞いた住民の大半は、同じように先の見えない状況と戦っている。自分の家はあとどのくらい持つのか? カビの健康被害は? 万が一、家を失った場合に補償はあるのか?

別の住民、ハリーは、家の大掛かりな修繕を行ったがそれでも問題は残っていると言う。不安は消えないとハリーはぼやく。「この家にいると時限爆弾の上に座っているような気がすることがある」

修繕などの求めに応じなかった財団に対し、住民の一部は訴訟を起こした。一方でニューオーリンズ市の責任を問い、対応を求めて活動している人もいる。「(建物の)検査を行い、安全を保つはずの市の担当者がその役目を果たさなかったから」と住民のクレアは言う。

私は同財団と連絡を取ろうと、郵便を送ったり電子メールを送ったりしたが、返事は一切得られなかった。ウェブサイトへのアクセスもできないし、電話番号はもはや使われていない。昨年末にはニューオーリンズのオフィスを訪ねたが、そこにいたのは備品を倉庫に移動させるよう依頼された引っ越し業者だけだった。

財団は、非営利組織に義務付けられている内国歳入庁(IRS)への年次報告書も18年を最後に提出していない。地元メディアの報道によれば、銀行からも訴えられているという。その一方で財団は、元幹部らを運営上の怠慢で訴えている。

18年のIRSへの報告書によれば、財団は住宅の建設や維持よりも裁判に多くのカネを使っていた。ロウアー・ナインス・ワードの復興住宅地からもここ数年、手を引いてしまった格好だ。財団の対応を待ち切れず、自腹で住宅の修繕に着手した人も少なくない。

「大半は自分でやった」とマリオは言った。「ポーチの天井タイルが剝がれ落ち木部も腐っていたから自分で取り換えたんだ。少しずつね。でないと金が足りなくなるから」

それでも一部の住民は、ブラッド・ピットの当初の善意を今も信じている。「ブラッド・ピットを悪く言う気はない」と住民のデービッドは言う。「低所得者向け住宅を造り、かつての住民をこの町に戻すというビジョンを持っていた」

安価な住宅の供給において、非営利組織が果たし得る役割は大きい。一方で説明責任を問われている事例はここだけでなく、シカゴやワシントンなどでも起きている。たとえ高邁な目標を掲げていたとしても、欠陥住宅で低所得の人々の苦しみを増してしまっては元も子もない。

The Conversation

Judith Keller, International Research Scholar of Geography, University of Illinois at Urbana-Champaign

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止

ワールド

中国外相、タイ・カンボジア外相と会談へ 停戦合意を

ワールド

アングル:中国企業、希少木材や高級茶をトークン化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中