最新記事

アカデミー賞

オスカーはキャンペーンがすべて、を覆して候補入りした『ドライブ・マイ・カー』の凄さ

2022年2月15日(火)17時37分
猿渡由紀

アメリカの『Drive My Car』のポスターから

<オスカーはキャンペーンがすべてと信じられるようになってずいぶん久しいが、投票者はしっかり見ていた......>

アカデミー賞のノミネーション発表に、いくつかの驚きがあるのは毎回のこと。今年は、日本映画の『ドライブ・マイ・カー』が作品部門を含む合計4部門でアカデミー賞にノミネートされたことが、まさにそれだった。

もちろん、これ自体は、業界の中にいてここまでの経緯を見てきた人には意外なことではない。オスカーノミネーションに先立ち、今作は、ニューヨーク映画批評家サークル、L.A.映画批評家協会、全米映画批評家協会の3つから、外国語映画賞を飛ばして作品賞を受賞している。過去にこの3つの団体すべてから作品賞に選ばれたのは、『グッドフェローズ』『シンドラーのリスト』『L.A.コンフィデンシャル』『ハート・ロッカー』『ソーシャル・ネットワーク』の5本だけで、これらはすべてオスカーの作品部門にノミネートされているのだ。

また、3月13日に発表される英国アカデミー賞でも、『ドライブ・マイ・カー』は、非英語映画部門に加え、監督、脚色部門にもノミネートされている。つまり、この映画は、外国語であるという壁を乗り越えて高く評価されているわけで、批評家や実際に投票した人にしてみたら、当然の結果にすぎない。

目立ったキャンペーンはほとんどなかった

だが、別の意味で、この快挙は驚きなのである。今作はほとんどキャンペーンにお金をかけてこなかったのだ。ハリウッドにおいて、アワードキャンペーンは、実にシリアスなビジネス。アワードシーズンが本格化する秋頃から、なんらかの投票権をもつ人たちのところには、何度にもわたって試写の案内が来たり、視聴リンクが届いたり、作品のロゴが入ったマグカップやTシャツなどが送られてきたりする。出演者や監督が出席するレセプションなどイベントも開催されるし、作品の宣伝メールはひっきりなしに届く。

街を歩けば(L.A.の場合は、街を運転すれば、というほうが正しいが)、賞狙いの映画の看板がぞろりと並んでいる。L.A.の有名な大通り、サンセット・ブルバードは、Netflixが大部分の看板を占拠していて、もはやNetflixブルバードと呼びたいほどだ。業界人が読む「Variety」「The Hollywood Reporter」などのサイトはこれらの広告でぎっしりだし、「L.A. Times」も同様。とりわけ、『ROMA/ローマ』が作品賞受賞ギリギリで逃した年は、Netflixのキャンペーン攻勢が猛烈で、『ROMA/ローマ』の広告を最低10回見ることなく1日を過ごすのは不可能なほどだった。

試写が行われた小さな劇場は満員だった

NetflixやAmazonほどお金は使えなくても、たいていの作品は、小さいながらも何かやる。だが、『ドライブ・マイ・カー』の場合は、ほとんど見ないのである。今作は昨年春のカンヌ映画祭で脚本賞を受賞しており、オスカーでも健闘できるはずと早くからわかっていたはずなのに、視聴リンクが来たのも、映画のアメリカ公開が目の前に迫った頃になって、やっとだった(筆者は放送映画批評家協会賞/Critics Choice Awardsに投票権を持っている)。

だが、上映時間が3時間あるだけに、これはリンクで見るより劇場での試写で見てもらうべきではないのかと思っていたら、映画がニューヨークで公開された直後の12月頭に、投票者に向けた数回の試写の案内が来た。それですぐに予約をし、行ってみると、小さめの劇場とはいえ、満員だったのである。この時までに、今作はすでにカンヌに加え、ゴッサム・アワードの国際長編映画賞を受賞していたため、業界人は関心を持っていたのだろう。そして、それらの人は3時間の上映中、誰も席を立たなかった(当たり前に聞こえるかもしれないが、業界人はシビアなので、映画がひどいと途中で出ていく人を見かけるのも珍しくない)。これは確実に人々の心に響いていると筆者が最初に感じたのは、この時だ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ウクライナに大規模攻撃、西部テルノピリで25人死亡

ワールド

ウクライナに大規模攻撃、西部テルノピリで25人死亡

ワールド

エプスタイン文書、米司法省が30日以内に公開へ

ワールド

ロシア、米国との接触継続 ウクライナ巡る新たな進展
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 6
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 7
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中