最新記事

感染症対策

「なぜ喫煙者は新型コロナウイルスに感染しにくいのか」 広島大が発見した意外なメカニズム

2021年11月8日(月)16時04分
谷本圭司(広島大学 原爆放射線医科学研究所 准教授) *PRESIDENT Onlineからの転載
たばこで新型コロナウイルスの感染を予防するイメージ

たばこは新型コロナウイルスの感染リスクを低減できるのか── wildpixel - iStockphoto

新型コロナウイルスをめぐっては、喫煙者は重症化リスクが高くなることが知られている。その一方で、喫煙者はコロナそのものには感染しづらいというデータもある。広島大学原爆放射線医科学研究所の谷本圭司准教授は「たばこは、感染後の重症化リスクを高めるが、感染するリスクを低下させる効果があるのではないか、という仮説を立てたところ、治療薬につながる意外なメカニズムがわかった」という──>

欧米で「新型コロナ感染者に喫煙者が少ない」報告

新型コロナウイルスが世界的に流行して1年以上になります。日本におけるワクチン接種率は全人口の6割を超え(2021年10月現在)、近いうちに国民の希望者全員が完了する見込みですが、治療薬についてはいまだ開発中です。

私は現在、広島大学で「低酸素応答機構」を研究しています。高山など、酸素濃度の低い環境に長期間身を置いていると身体がその環境に順応していきますが、このとき体内で起こる防御反応を遺伝子や分子のレベルで解き明かし、それをがんなどの疾患治療や創薬につなげようという研究が私のテーマです。

新型コロナウイルスによるパンデミックが世界中に拡大する中、私も研究者の一人として何か貢献できないか......。そんな思いから、ウイルス学にあかるい広島大学・坂口剛正教授、坊農秀雅特任教授、関西医科大学・廣田喜一教授の協力のもと、研究を始めました。

これまで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の病態に、喫煙が悪影響を与えていることが多くの疫学調査から示唆されています。しかしその一方で、「新型コロナ感染者に喫煙者が少ない」「喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ない」という報告が英、米、仏などの研究グループから複数報告されていることがわかりました。

非喫煙者は約21%に対して、喫煙者は約10%の陽性率

例えば、イギリスのオックスフォードロイヤルカレッジの研究で、『lancet infectious diseases』という権威ある医学誌に掲載された論文では、PCR検査を受けた3802人のうち、非喫煙者では17.5%、前喫煙者(以前は喫煙していたが現在は喫煙していない)では17.3%、現喫煙者では11.4%が陽性という結果が出ています。

また、アメリカ退役軍人医療システムの電子健康記録データでも、非喫煙者に占める陽性者の割合が20.7%、前喫煙者が20.3%なのに対して、現喫煙者が9.9%と、喫煙者の新型コロナウイルス陽性者が少ないという結果でした。

喫煙と新型コロナウイルス感染の関係について書かれた論文は数多く発表されていますが、中には、研究の組み立てとして質の悪いものも含まれています。そこで、549件の論文の中から質のいい87件だけを選び出しているものを見つけましたので、くわしく調べてみることにしました。すると、ほとんどの論文で、「現喫煙者は、非喫煙者と比べて新型コロナウイルス感染のリスクが低かった」という報告がなされているのです。

そこで私は、「たばこは、感染後の重症化リスクを高めるが、感染するリスクを低下させる効果があるのではないか」という仮説を立て、研究を始めました。

ウイルスが細胞に感染するための「ドア」

ここで、新型コロナウイルスが人体に感染するメカニズムを確認しておきましょう。

新型コロナウイルスがヒトの体内に入ると、表面にある突起状のトゲトゲ(スパイクたんぱく質)を、細胞膜の表面にある「ACE2受容体」にぴったりとくっつけます。これは、われわれの体内にウイルスが侵入するための"ドア"のようなものです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ

ビジネス

アップル、関税で今四半期9億ドルコスト増 1─3月

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P8連騰 マイクロソ

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント財務長官との間で協議 先
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中