最新記事

BOOKS

「典型的な論者を呼んでも、正直退屈」と講演会で打ち明けられた著述家が、「右でも左でもない」を目指す理由

2021年9月1日(水)17時45分
印南敦史(作家、書評家)
『超空気支配社会』

Newsweek Japan

<新しい同調圧力、新しいプロパガンダが生み出されつつある、と辻田真佐憲著『超空気支配社会』。左右のイデオロギー対立が深まる今の日本社会で、いかに生きていくべきか>


 ああ、またか。今回のコロナ禍でも、われわれを動かしたのは科学ではなく、やはり空気だった。
 もはや誰もが薄々気づいている。緊急事態宣言の発出タイミングにも、それにともなうさまざまな自粛要請の細目にも、科学的な根拠などないのだと。そこにあるのはただ、ひとびとが行楽に出かける大型連休などに合わせて、できるだけ刺激的なメッセージを発することで衆目を引きつけ、なんとなく危ないぞという空気を醸成することで、ひとびとの行動を変容しようとする企てにすぎない。(「はじめに」より)

『超空気支配社会』(辻田真佐憲・著、文春新書)は、このように始まる。

確かにそのとおりで、そうした流れを「戦前のよう」だと表現する人も少なくない。だが、むしろ現代のほうが事態は深刻ではないだろうか。

なぜなら誰もがSNSを通じて効率的に、そして簡単に多くの人の感情を刺激できるようになっているからだ。それは、多くの人が必要以上の刺激を受けなければならない状況に追い詰められているということでもある。


 ようするにわれわれの社会は、SNSが加わったことで、超空気支配社会となり、これまでにない新しい同調圧力、新しいプロパガンダを生み出しつつあるのである。(「はじめに」より)

そんななか、本書では「この社会は今後どうなっていくのか」「われわれはここでいかに生きていくべきか」「そのとき頼りになる在標軸はあるのか」について論じている。

収録されている論考の多くは、「文春オンライン」をはじめとするオンラインメディアで発表されたもの。注目すべきは、ときにネット上でページビュー獲得競争に巻き込まれ、ときに罵詈雑言を含むさまざまな反応に晒されながら活動を続けてきた著者の姿勢だ。

今こそ、"専門原理主義とデタラメの中間"、すなわち、どちらにも偏りすぎることのない"バランス"を大切にするべきだと主張しているのである。

なるほどそれは、評論家や歴史家に求められるべきものであったはずだ。いつしか失われていったことも事実ではあるが、とはいえ今日のメディア状況下においてもそれは可能で、強く求められているものだろう。

だからこそ著者は、「論壇に総合と中間を取り戻したい」と強く訴えるのである。それこそすなわち、バランスを取るということだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国万科の社債37億元、返済猶予期間を30日に延長

ワールド

中国軍、台湾周辺で「正義の使命」演習開始 30日に

ビジネス

先行きの利上げペース、「数カ月に一回」の声も=日銀

ビジネス

スポット銀が最高値更新、初めて80ドル突破
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中