最新記事

中米

ギャング抗争、大統領暗殺、コレラとコロナ──海図なき漂流国家ハイチ

No One’s Really in Charge

2021年7月12日(月)17時45分
ジョシュア・キーティング(スレート誌記者)

magw210712_haiti2.jpg

暗殺されたモイーズ大統領 AP/AFLO

民主主義の機能停止も国民の怒りを噴出させている。昨年の議会解散後も選挙は実施されず、モイーズが大統領令を乱発して統治を行ってきた。

加えて、モイーズの任期をめぐる対立もあった。野党は今年2月で任期切れだと主張していたが、本人は2022年2月まで居座る構えだった。

モイーズは大統領の権限を強化するため憲法改正を掲げていたが、コロナ禍で国民投票の実施は2回見送られ、今年9月の実施を目指していた。

こうした政治的混乱のせいでハイチは食糧難に見舞われ、ワクチン接種もままならずコロナ禍は悪化する一方だ。首都では暴力が吹き荒れ、誘拐が頻発。ギャングの抗争が相次ぎ、多数の住民が家を追われて郊外などに避難している。

暗殺の黒幕が誰であれ、目下の問題は、実際にハイチを率いているのは誰かということだ。「そんなことは誰にも分からないだろう」と、クレスカは笑った。

ハイチの憲法では、大統領が死亡した場合は最高裁長官が後任に就くが、長官は新型コロナウイルスに感染して6月に死亡した。そこで普通は首相ということになるが、4月に暫定首相に就任したばかりのジョセフは近く退任する予定で、暗殺される2日前にモイーズがアリエル・アンリを後任に指名していた。

消えないアメリカの影

アンリは7日、自分が暫定首相として政権を引き継ぐとラジオで主張した。アンリは神経外科医の権威で、国のコレラ対策を指揮してきた。しかし、任命された経緯や、まだ就任の宣誓をしていないこと、就任を承認する議会が機能していないことなどを考えると、正統性には疑問が残る。

ハイチは今、海図もなく漂流している。政治的混乱の歴史には事欠かない国だが、暗殺の経験はほとんどなかった。

最後に大統領が暗殺されたのは1915年。その際、アメリカは権益保護を理由に米海兵隊をハイチに侵攻させ、占領は20年近く続いた。

米軍は1994年にもハイチに展開。軍事政権(民主的に選出されたジャンベルトラン・アリスティド大統領を91年に退陣させていた)の排除に動いた。2004年にアリスティドが再びクーデターで退いた際も、米軍は多国籍軍の主力としてハイチに上陸した。アリスティドは自分の失脚の背後にアメリカがいると非難したが、当時のジョージ・W・ブッシュ米政権は否定した。

こうした経緯から、多くのハイチ人は今回も米政府の出方を注視している。ジェン・サキ米大統領報道官は事件当日にCNNで、「恐ろしい犯罪」だと暗殺を非難。「われわれは必要な支援を提供する準備ができている」と語った。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

世界経済の不確実性、貿易戦争終結でも続く=アイルラ

ワールド

パキスタン、インドの攻撃で約50人死亡と発表 40

ビジネス

再送日産、追加で1万1000人削減 従来の9000

ビジネス

ホンダの今期、営業利益5000億円に半減 米関税や
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 7
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 8
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 9
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中