最新記事

水資源

死海沿岸を呑み込む7000個の陥没穴 縮む塩湖で地下構造が崩壊

2021年6月21日(月)17時35分
青葉やまと

ところが、死海の縮小に伴って濃い塩分を含んだ地下水が退いていき、陸地側から真水の地下水が流れ込むようになった。地下にあった大量の塩の層は融解し、塩水となって徐々に死海側へ流出する。これにより空洞が発生し、支えを失った表土が次々と地中に崩れ落ちているというわけだ。

湖面の高さと陥没穴の関係について、イスラエルのハアレツ紙が詳しく報じている。1972年の時点で湖面は海抜マイナス397メートルの位置にあり、この時点で陥没穴は存在しなかったという。

しかし、そこから水位が低下し、それとともに陥没穴の報告が急増するようになる。2016年までに水面は32メートル分、つまり10階建てのビルほど低下し、陥没穴は5548個を数えるようになった。現在では7000個に達しており、エルサレム・ポスト紙によると地質学者は、今後数年でさらに倍増して1万4000個に達すると予測しているという。

シンクホールを観光資源にする大胆な計画も

このまま穴が増加すれば生活と観光への影響は甚大となるため、住民たちは根本的な解決を求めている。水面の低下は、死海に注ぐヨルダン川からの流入減少が一因だ。かつてヨルダン川は潤沢な水を供給していたが、イスラエルとヨルダンが取水目的で水源として利用するようになり、死海への流入量は激減した。

また、ミネラルを多く含む死海の湖水は、工業用途での価値も高い。死海南側では接岸するイスラエルとヨルダンがそれぞれ工場を展開し、取水合戦を繰り広げている。豪公共放送のABCによると、肥料用の水酸化カリウムの抽出用途などでの汲み上げが盛んで、取水量は年間合計で5億立方メートルに及ぶ。半量は死海へ還元されるが、それでもシドニー湾の半分の水量が毎年失われている計算だ。これによって死海は現在、年間1.2メートルのペースで水位を下げている。

イスラエルとヨルダンも無策ではなく、両政府は紅海から運河を通して死海に給水するプロジェクトを共同で推進している。しかし、予算や政治などの問題が立ちはだかっており、決して順風満帆というわけではないようだ。米コンデナスト・トラベラー誌によると専門家は、このままのペースでは2050年ごろまでに死海が完全に消滅すると予測しているという。

生活と観光産業に打撃を与える陥没穴だが、一部の専門家は楽観的だ。ハアレツ紙は、イスラエル政府の地質調査機関に所属するベール博士とガブリエル博士が筆頭となり、「シンクホール・パーク」なる新たな国立公園を計画していると報じている。木製の通路を張り巡らせ、湖岸に開いた複数の陥没穴を見学できるようにするのだという。これまで恐れてきた災害を観光資源にしようという逆転の発想だ。

博士たちによると、複数の杭で通路を支え、突如新たな穴が口を開けた場合にも崩落しないように設計するのだという。今後発生する穴の状況によっては散策路のルートを変更するなど、状況に合わせて柔軟に対応する構えだ。しかし、予測不能で発生する穴に対して確実に対応できるのかといった安全面での疑問は残る。さらに、国立公園が成功したとしても、生活を脅かす陥没穴問題が解消するわけではないだろう。

数十年続きながら徐々に町を滅ぼしている死海のシンクホールは、かなり根の深い問題と言えそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

GMメキシコ工場で生産を数週間停止、人気のピックア

ビジネス

米財政収支、6月は270億ドルの黒字 関税収入は過

ワールド

ロシア外相が北朝鮮訪問、13日に外相会談

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 6
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 7
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中