最新記事

米金融

米投資会社「アルケゴス」騒動は単発的な事故か、それとも危機の前触れか

2021年4月2日(金)22時41分
ジェンキンス沙智(在米ジャーナリスト)

過度なリスクテイクに関連するもう1つの問題は、金融機関サイドの危機管理が疎かになっていたことだ。

アルケゴスの創業者であるビル・フアン氏は、ヘッジファンド界の伝説的存在であるジュリアン・ロバートソン氏が設立したタイガー・マネジメントの元トレーダーとして高い運用成績を残した経歴を持つ。だが過去にはインサイダー取引で有罪となり、ウォール街ではしばらくブラックリストに載っていたと言われる。

ところがここ数年、大手金融機関は同氏との取引を再開しただけでなく、多額の手数料収入を目当てにこぞってサービスを提供していたようだ。

ブルームバーグの編集主幹はアルケゴスを取り巻く状況を「リスク管理の破滅的な機能不全」と呼んだ。

LTCMやベアー・スターンズではない

目下懸念されているのは今回の騒動が金融システム全体に波及する可能性だが、市場では今のところこれが単発的な事故であり、損害が連鎖的に拡大する恐れはないとの見方が優勢のようだ。

アリアンツ首席経済アドバイザーのモハメド・エラリアン氏はヤフー・ファイナンスとのインタビューで、短期的かつ直接的に波紋が広がる恐れはないとし、「これはLTCMでもベアー・スターンズでもない。過剰レバレッジとポジションの集中にデリバティブが重なった個別の案件で、起きるべくして起きた事故と言える。(中略)だが、金融システムの大規模なレバレッジ解消を引き起こすものではない」と述べた。

とはいえ注視していく必要はあるとして、「システムに流動性があふれかえると、過度で場合によっては無責任なリスクテイクにつながる」と警告した。

今後の注目は、これを機に規制強化や透明性向上に向けた動きが活発化するか否かだ。米証券取引所(SEC)はフアン氏に対する初期段階の調査を開始したと報じられているほか、イエレン米財務長官は今週、就任後初めて開催した金融安定監視評議会(FSOC)でヘッジファンド活動に関連する最近の相場動向について議論し、金融安定へのリスクなどを調査するため専門の作業部会を5年ぶりに復活させることを決めた。

ウォール街に批判的なエリザベス・ウォーレン上院議員はツイッターへの投稿で、アルケゴスの破綻は「危険な状況を作り出す全ての要素を持っている」とし、「次に勃発するヘッジファンドの問題が経済を道連れにしないよう透明性と強い監視が必要だ」と訴えた。



sachi_headshot.jpegジェンキンス沙智

フリーランスジャーナリスト兼翻訳家。
テキサス大学オースティン校卒業後にロイター通信に入社し、東京支局で英文記者としてテクノロジー、通信、航空、食品、小売業界などを中心に企業ニュースを担当した。2010年に退職・渡米し、フリーランスに転向。これまでに、WSJ日本版コラム「ジェンキンス沙智の米国ワーキングマザー当世事情」を執筆したほか、週刊エコノミストやロイターなどの媒体に寄稿した。現在は執筆活動に加え、大手金融機関やメディアを顧客に金融・ビジネス・経済分野の翻訳サービスを提供している。JTFほんやく検定1級翻訳士(金融・証券)。米テキサス州オースティン近郊在住、愛知県出身。

ニューズウィーク日本版 ジョン・レノン暗殺の真実
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月16日号(12月9日発売)は「ジョン・レノン暗殺の真実」特集。衝撃の事件から45年、暗殺犯が日本人ジャーナリストに語った「真相」 文・青木冨貴子

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ・S&P最高値更新、オラクル株急

ワールド

米政権、金融当局刷新へ 規制負担軽減で成長促進=財

ワールド

トランプ氏、中国との協力と日本との同盟「両立可能」

ワールド

ゼレンスキー氏、米に新たな和平案提示 「領土問題な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 7
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中