最新記事

香港

国家安全法の水面下で聞いた「諦めない」香港人たちの本音

They Never Give Up

2021年3月24日(水)17時15分
ふるまいよしこ(フリーライター)
香港

陸橋にあった「光復香港 時代革命」の落書きが「中国 香港」に書き替えられていた YOSHIKO FURUMAI

<国家安全法の施行から半年以上。現地に飛ぶと、街からシュプレヒコールが消えた一方で、英国移民の話題が持ち切りになっていた。しかし、市民たちの関心はもっと深いところでまだくすぶっている>

昨年末に新型コロナウイルス感染症対策が引き締められた香港。1月初めに到着した私は、月末にやっと3週間の隔離を終えて街に出た。

だが、レストランは6時以降テイクアウトかデリバリーのみに制限されており、友人たちと卓を囲むこともできなくなっていた。

外ではゆっくりできないからと、写真家のHと妻のSが自宅での夕食に呼んでくれた。彼らが住んでいるのは、以前の啓徳国際空港の跡地を近年造成してできた大規模な団地型のマンションだ。

1年前の昨年1月に初めて彼らの家を訪れたとき、夜10時頃に外が何やら騒がしくなった。ベランダに出ると、マンションのどこからか「香港人~」という声が響き、「加油!」(頑張れ!)と別の声が呼応した。

続いてまた誰かが「五大訴求~」(5つの要求)と叫び、今度は「缺一不可!」(一つも欠けてはならない)とこだまがあちこちから返ってくる。さらに続いた「光復香港」(香港を取り戻せ)には「時代革命」(時代の革命だ)が......そんな掛け合いが毎日30分以上繰り返されていると教えてくれた。

しかし、昨年6月末の香港国家安全維持法の施行後、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は「光復香港 時代革命」も「五大訴求 缺一不可」も「香港人加油」も、全てを「独立を主張する違法行為」に指定した。

市民は「『香港人頑張れ』も駄目なの?」といぶかったが、政府の決定に挑む者はいなくなった。

今回も私は時計を見ながら外の様子をうかがったが、HとSは「もう誰も叫ばなくなったよ」と笑っていた。

国家安全法の施行から約半年。街では1年前にべたべたと貼ってあったデモのスローガンのステッカーを目にしなくなった。

1月末の街の話題は、イギリスが発行する海外在住英国民(BNO)パスポート所有者向けの新たな移民ビザ発給で、朝のニュースは日々その動向を伝えていた。

市民はもう諦めてしまったのか。抵抗を忘れたのか。民主への希求、自分たちの権利を手放して逃げ始めたのか。

抵抗を忘れちゃいけない

夕食中に、テレビから「中国政府はBNOパスポートを旅券として認めない」とニュースが流れるとSが言った。「無駄なことするわね」。Hも「いちいちそんなことするから、みんな逃げるんじゃないか」とばかにするような口調で言った。

「中国が承認しようがしまいが、中国にBNOパスポートを持って入る香港人はいないんだし」と、一緒に招かれていた共通の友人のGがニヤリと笑った。

ふと、HとSに尋ねてみた。「あんたたち、BNOパスポート持ってんの?」。2人はおかずを頰張りながら同時に首を振った。「うんにゃ」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英サービスPMI4月改定値、約1年ぶり高水準 成長

ワールド

ノルウェー中銀、金利据え置き 引き締め長期化の可能

ワールド

トルコCPI、4月は前年比+69.8% 22年以来

ビジネス

ドル/円、一時152.75円 週初から3%超の円高
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中