最新記事

日本社会

コロナ禍の今思う、阪神・淡路大震災が日本社会に遺したレガシー

2021年1月20日(水)20時00分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

1.17の被災地である兵庫県内の10市10町に住んでいたのは日本人だけではなかった。8万人の外国人が居住していて、そのうちの多くが負傷し、200人が命を落とした。被災地における外国籍住民の存在が、日本の社会の多様性について考える大きなきっかけとなった。特に被災外国籍住民の4人に1人が日本語の読み書きが出来なかった事実に、大きな衝撃が走った。被災地で被災者を対象に役立つ情報が盛んに行き交っても、全てが日本語であるため恩恵に預かれない社会構成員がいる。そのことが、日本における多言語化の必要性を浮き彫りにし、活字はもちろん、後に多言語放送局を誕生させた。私も被災地で経験を積んだ仲間とともに多言語コンテンツの会社を起業するに至った。

また、共生を妨げる要因は言葉に限らず、制度の壁や心の壁にもあるということの気付きが、多文化共生社会に向けたさらなる肉付けとなった。同時に、それまで「外国人は母国に帰る」という前提で来日しているとの発想に立って組み立てられていた国際交流の活動なども、「帰国するとは限らない」との立ち位置に立った多文化共生の活動へと変貌を遂げた。 

1.17を機に産み落とされたボランティアと多文化共生の双子が多くの人たちの手によって立派に育ち、東京オリンピックや多くの場所で活躍しようとしている。繰り返しになるが、1.17で日本は多くを失った。そして、得たものも決して少なくはない。災害であっても、地震とコロナによる被害は同じではない。なにより人々の生身の交流が制限されたことは大きな違いだろう。だがコロナも私たちから奪う幸せと引き換えに、正の遺産を残そうとしていると思えてならない。

コロナ禍を社会変革に

事実、コロナショックは日本人に変化をもたらした。内閣府によって昨年4月に発令された緊急事態宣言からわずか1カ月後に行った「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」では、「家族の重要性をより意識するようになった」や「生活を重視するようになった」などの回答が多く見られた、その中でもテレワークなどを経験した人の意識変化がより顕著であった。

長年の懸案だったにもかかわらず、実現できていなかったテーマの一つに「ワーク・ライフ・バランス」(WLB)がある。日本の経済成長期において、いつの間にか定着した、父が会社に、妻は家事育児に、子供は学校や塾に縛られバラバラになったその家族像や時間を、見直す契機になるのではないか。ワーク・ライフ・バランスを図ることで得られるのは家庭生活の質の向上だけではない。仕事においての生産性向上やイノベーションも期待できる。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の遅れも日本の大きな課題で、「2025年の崖」が指摘されている。特に2025年時点には21年以上が経過した日本企業の基幹系システムが全体の6割に達すると見られている。システムのメンテナンスのために経費と人が奪われて、がんじがらめになっている現状を打破せねばならない。DXしないままだとすると2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が発生すると、専門家は警鐘を鳴らしている。その点も、必要に迫られ、コロナ禍でDXへの社会的関心が高まっていることに期待したい。後々、コロナパンデミックを振り返った時に、「WLB元年」や「DX元年」などと言われるような可能性を大いに秘めている。

このような時は特に、嫌なことばかりに目がいってしまうのは人間の性かもしれない。しかし、1.17のレガシーと照らし合わせ、少しでも明るい未来に想いを馳せるようにと、自分にも言い聞かせている。

【筆者:にしゃんた】
セイロン(現スリランカ)生まれ。高校生の時に初めて日本を訪れ、その後に再来日して立命館大学を卒業。日本国籍を取得。現在は大学で教壇に立ち、テレビ・ラジオへの出演、執筆などのほか各地でダイバーシティ スピーカー(多様性の語り部)としても活躍している。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英財務相、11月26日に年次予算発表 財政を「厳し

ワールド

金総書記、韓国国会議長と握手 中国の抗日戦勝記念式

ワールド

イスラエル軍、ガザ市で作戦継続 人口密集地に兵力投

ビジネス

トルコ8月CPI、前年比+32.95%に鈍化 予想
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 10
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中