最新記事

北朝鮮

「残忍さに震える」金正恩式「もみじ狩り処刑」に庶民が驚愕

2020年12月2日(水)18時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

<先月、景勝地として名高い金剛山の紅葉を楽しんだ地方幹部を待っていたのは恐ろしい処罰だった>

景勝地として名高い北朝鮮の金剛山(クムガンサン)。軍事境界線を挟んですぐ南側は韓国ということもあり、2003年からは南北協力の象徴として、韓国からのツアーが始められた。韓国の現代グループが巨額の予算を投資し、ホテルなどの施設を建設、数多くの観光客が訪れていたが、2008年7月に立入禁止区域内で韓国人女性の観光客が朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士に射殺される事件が起こったことを受け、中断している。

韓国人以外の外国人観光客に関しては、北朝鮮側からの観光が可能だったが、今年1月から国境が封鎖され、北朝鮮国内にいる人以外は行けない状態だ。

<参考記事:北朝鮮ツアー、北朝鮮旅行は今後どうなる...実は近くて普通に行けるおすすめ北朝鮮ツアー・北朝鮮旅行

そんな金剛山の紅葉を、内閣陸海運省傘下の江原道(カンウォンド)貿易管理局の幹部家族は、独り占めするようにして楽しんでいた。しかし、その後に見舞われた「ペナルティー」は恐ろしいものだった。

現地のデイリーNK内部情報筋によると、江原道貿易管理局の貿易会社のチョ社長とその家族は先月中旬、金剛山を訪れ九龍(クリョン)の滝と九龍淵(クリョンヨン)で、色とりどりの紅葉を楽しんだ。

当局は、新型コロナウイルス感染拡大対策として不要不急の移動を禁じているが、金剛観光管理局の幹部とのコネを使って金剛山まで移動し、絶景を独占したのだった。

金剛山から戻ってきたチョ社長一家を待っていたのは、20日間の強制隔離措置だった。詳細は不明だが、経済制裁に自然災害、ウイルスの三重苦で国全体が苦しい状況で、紅葉狩りを楽しんでいる一家を面白く思わなかった何者かが密告したと思われる。

それだけでは済まされなかった。チョ社長は、江原道保衛局(秘密警察)の留置場に勾留され、しばらく後に処刑されたのだ。また、家族は、道内の法洞(ポプトン)郡の山奥の村に追放された。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

当局は、国境の封鎖、移動の統制という防疫措置の違反に対して、死刑を含めた極刑で対応しているが、今回はコロナに加えてもう一つやっかいなものがあった。80日戦闘だ。

首都・平壌では来年1月、朝鮮労働党第8回大会が開催される予定だが、そこで示す成果を作り出すための大増産運動「80日戦闘」が行われている。過去のキャンペーンと同様、掛け声だけが勇ましく中身はすっからかんのものになるだろうが、金正恩党委員長が呼びかけたものだけあって、従わなかったりノルマが達成できなかったりすれば、政治犯に問われかねない。そんな時期に物見遊山に行ったというのだから、うかつ極まりないと言えよう。

当局としては、見せしめとして使うには最適のネタなのだろう。実際、朝鮮労働党の江原道委員会は、政治講演会でこの件を取り上げている。チョ社長のことを「元帥様(金正恩氏)が風餐露宿(家を出て苦労すること)をして、大増産運動の80日戦闘を指揮していらっしゃるというのに、紅葉狩りなどして権力をひけらかし、国家貿易規定を破った者」と強く批判した。

また、「台風による被害を受け、苦しい暮らしをしている一般人民が党と苦労をともにして、難関に打ち克とうとしているのに、カネを湯水のように使う邪心にまみれた者どもは、この国で生きる資格などない」とこきおろした。

このニュースに接した幹部たちは「さすがにこの時期に紅葉狩りに行ったのは間違いだが、出党(労働党からの除名)、撤職(更迭)で済ませる程度のことなのに、殺すとは言葉を失う」と、当局の措置に恐怖を感じている。

一般庶民は、このような幹部の不正行為の摘発に拍手喝采を送るものだが、今回の外については極めて評判が悪い。「残忍さに恐ろしくて身震いがする」と恐怖心を示し、「幹部になんてならないほうが楽に生きられる」などといった反応を示している。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中