最新記事

東南アジア

インドネシア、人里離れた集落のキリスト教徒4人惨殺 ISとつながるイスラム系テロ組織MITの犯行

2020年11月29日(日)19時50分
大塚智彦

創設時のリーダー、サントソ容疑者は2016年7月に治安部隊との戦闘で殺害された。その後イシャック・イパ容疑者が実質的指導者になったとされるが、指揮系統もかつてほど明確でなく、小グループがそれぞれに独自のテロを繰り返すなど組織としてかなり追い詰められている状況ではないか、と分析されていた。

今回の襲撃事件にMITの実質的指導者であるイシャック・イパ容疑者とみられる人物が加わっていたことから、治安当局はMIT残党の中の最も中核メンバーによるテロとみて集中的な追跡作戦を進めている。

襲撃に参加したMITテロリストのものとみられる足跡、血痕が同村から続く丘陵地帯に向かって残されていたことから、治安当局は部隊、警察官・兵士を動員してその痕跡を追跡しているという。

狙われるキリスト教徒、弱体化したMIT

今回の襲撃で殺害された4人はいずれもキリスト教徒の男性で、被害者の1人の息子が殺害を逃れて警察に事件発生を通報したと地元メディアは伝えている。

同村では殺害された4人の住居以外に4軒の民家が放火されて焼失したが、村内のキリスト教会は被害を受けなかったという。同村はキリスト教徒の住民も多いことからMIT襲撃のターゲットになったとみられている。

今回の襲撃事件を受けて大半が農民である村人約750人が村を離れ、約9キロ離れた安全な場所への避難を余儀なくされていると報じられている。

同州では1990年代からキリスト教徒とイスラム教徒による対立が激化。当初は酒に酔ったキリスト教徒がイスラム教徒を刺したという些細なことが端緒だったが、その後全面的な宗教対立に発展し、1998年から2001年にかけて双方に1000人以上の犠牲者がでる深刻な事態となった。

住民同士の宗教対立はその後収束したものの、2011年以降はMITによるキリスト教徒住民への襲撃やテロ事件が頻発する状況となっている。中部スラウェシ州ポソ南西部の奥深い山間部にはテロ組織の秘密軍事訓練施設があるとされ、警察や軍による施設攻撃も何度か行われたが、そのたびに新たな拠点に施設が移設される状態も続いていた。

2016年以降は政府の方針で大規模なMIT壊滅作戦が続き、秘密訓練施設もなくなり、MITメンバーも大幅に減少、組織の弱体化が伝えられていた。

キリスト教組織が人権侵害と批判

インドネシア国内や国際社会、キリスト教団体などは今回のキリスト教徒惨殺事件を「許されないテロ行為」として厳しく批判していると同時にインドネシア政府にMITメンバーの逮捕やテロの再発防止を求める事態となっている。

殺害された4人が所属していたというインドネシア救世軍教会の関係者は地元メディアに対して「いかなる理由があるにしろ、非人間的な人権侵害行為である」と殺害テロを厳しく非難している。

放火された4件の民家には救世軍教会の同村での連絡事務所になっていた民家も含まれていたことも明らかにしている。

コロナ禍、経済不況そして宗教が絡んだテロ事件とジョコ・ウィドド政権が直面する課題はどれも重たい。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、シカゴへ州兵数千人9月動員も 国防総省が計画策

ワールド

ロシア・クルスク原発で一時火災、ウクライナ無人機攻

ワールド

米、ウクライナの長距離ミサイル使用を制限 ロシア国

ワールド

米テキサス州議会、上院でも選挙区割り変更可決 共和
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋肉は「神経の従者」だった
  • 3
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく 砂漠化する地域も 
  • 4
    一体なぜ? 66年前に死んだ「兄の遺体」が南極大陸で…
  • 5
    『ジョン・ウィック』はただのアクション映画ではな…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    【独占】高橋一生が「台湾有事」題材のドラマ『零日…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 9
    「このクマ、絶対爆笑してる」水槽の前に立つ女の子…
  • 10
    3本足の「親友」を優しく見守る姿が泣ける!ラブラ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中