最新記事

北朝鮮

金正恩「反省したふり」に透ける恐怖政治への絶対的な自信

2020年10月16日(金)15時50分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩は今月10日の閲兵式で国民への感謝と謝罪の言葉を述べた KRT TV/REUTERS

<金正恩の謝罪や反省の言葉は、決して「軟化」を示すものではない>

10日の朝鮮労働党創立75周年を記念した閲兵式で演説し、経済的な苦難を強いられている国民に感謝と謝罪の言葉を繰り返した金正恩党委員長が、またもや反省の弁を述べた。

北朝鮮国営の朝鮮中央通信は14日、金正恩氏が台風で被害を受けた咸鏡南道(ハムギョンナムド)検徳(コムドク)地区の災害復旧現場を現地指導したと伝えた。日時は明かされていないが、現地指導は前日に行われたものと思われる。

電力難を訴えて処刑

その際に金正恩氏は、地方の住民たちの生活実態を把握できていなかったことを認め、「深刻に自責すべき」と述べたという。以下は朝鮮中央通信の公式日本語訳の抜粋だ。


金正恩委員長は、住宅建設場に行く峠道で山坂に平屋の住宅がでこぼこに狭く位置している光景を見て深く心配した。

金正恩委員長は、半世紀もはるか前に建設した住宅がまだそのままある、われわれが災害で倒壊した家だけを新たに建設してやる考えだけをしたが、あまりにも無残な環境と住宅で苦労している人民の実状を十分に分からなかった、(中略)このように立ち遅れた生活環境の中で暮らすようにしたことを深刻に自責すべきであると指摘し、今日、われわれがこのような地方の人民の暮らし状況を見ながらも顔を背けるなら、わが党の人民的施策が空論に過ぎず、メンツを立てることにしかならないであろう、(中略)本当に良心が許さないと述べた。

このような金正恩氏の態度は、本心からのものだろうか。おそらく、彼自身の何不自由のない暮らしとかけ離れた貧しさを目撃したうえでの、率直な感想ではあるのだろう。

ただ、唯一的領導体制という絶対的な独裁体制を敷く北朝鮮において、金正恩氏は「全知全能」とも言える存在だ。彼が知りたいと思ったことは知ることができ、誰かに何かをさせたいと思えば、そうさせることができる。そんな彼に、地方の生活実態の報告が上がらなかったのだとすれば、そこにはそれだけの理由があるのだ。

金正恩氏は2015年5月、スッポン養殖工場を視察した際に管理不備を見とがめて激怒、支配人を処刑したことがある。この際、支配人の運命を決定づけたのは、電力供給が滞り工場の運営がうまく行かない実情を金正恩氏に直訴したことだと言われる。

<参考記事:【動画】金正恩氏、スッポン工場で「処刑前」の現地指導

生産現場の視察とは本来、そうした実情を汲み上げて、解決方法を政策に反映するために行うものだろう。それなのに、電力難を訴えただけで殺されるようでは、現場の実情が独裁者のもとに上がるわけがない。

金正恩氏が国民生活の現状を正確に把握する早道は、このような恐怖政治を止めることだ。しかし実際のところ、金正恩氏が公に国民への謝罪や反省の言葉を繰り返すことができるのは、国民の不満や反発を抑え込む恐怖政治に自信を持っているからだろう。

金正恩氏が今後も繰り返すであろう謝罪や反省の言葉が、決して彼の「軟化」を示すものではないことを、我々は知っておくべきだ。

<参考記事:女性芸能人らを「失禁」させた金正恩の残酷ショー

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

植田日銀総裁、10日午後1時52分から衆院予算委に

ワールド

蘭ASMLの顧客に中国軍関係企業、地元TV報道

ワールド

韓国防空識別圏に中ロ軍機が一時侵入、戦闘機が緊急発

ワールド

中国首相「関税が世界の経済活動に深刻な影響」、保護
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中