インドネシア・パプアで牧師射殺 軍と武装組織が非難の応酬、航空機運航に支障出る?

2020年9月25日(金)11時55分
大塚智彦(PanAsiaNews)

そうした武装勢力側の装備を熟知している治安当局にしてみれば、TPNPBの航空機を攻撃する能力が不十分なことは明白で「せいぜい空港や滑走路にいるとき、あるいは低空を飛行する航空機に向かって銃弾を発砲するのが精一杯の攻撃能力」(地元記者)といわれている。

こうした現実的観点からパウルス本部長の声明は、エレミア牧師射殺事件に関連して武装勢力側の脅威をことさら煽り、社会不安を高め、治安部隊によるTPNPB掃討作戦をより正当化する狙いがあるのではないか、との見方も広がっているという。

パプアでは治安当局、武装組織側によるこうした虚々実々の駆け引きがマスコミをも巻き込んで行われることも通例化している。

コロナ対策同様、政府に打つ手なし

今回エレミア牧師射殺事件が起きたインタンジャヤ県では9月17日にバイクタクシーの運転手が腕を斧で切られて出血多量で死亡したり、別の場所では物資輸送中の陸軍軍曹が銃撃で死亡したりする事件が相次いで起きている。

この2人の殺害事件に関してはTPNPBの分派とみられるグループが犯行を認め、バイクタクシーの運転手という民間人殺害については「治安当局に情報提供する密通者だった」と殺害理由を明らかにしている。今回のエレミア牧師射殺はこの時のTPNPBによる軍曹殺害への報復との見方も現地ではでているという。

このようにパプア州の中央山間部から世界有数の鉱山のある南部ミミカ県にかけては最近、武装組織と治安部隊による衝突、銃撃戦、殺害事件といった「連鎖」が続いている。

ジョコ・ウィドド大統領としてもなんとか長年の念願でもある緊張緩和、そして和平実現を果たしたいところだが、同州ではコロナウイルスの感染も徐々に拡大(24日現在感染者5653人、感染死者80人)しており、加えて犯罪組織(武装組織)の掃討作戦を積極的に進める治安当局の強硬姿勢もあり、大統領としての指導力を発揮するのが難しい状況にあるという。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中