最新記事

香港の挽歌

香港デモ強硬派、ある若者の告白「僕たちは自由を守るために悪魔になった」

BURNING FOR FREEDOM

2020年7月22日(水)16時30分
ニューズウィーク日本版編集部

警察に懐中電灯を向けるデモ隊(2019年8月25日) WILLY KURNIAWAN-REUTERS

<暴力と憎悪がエスカレートする香港を舞台に、デジタル世代の若者はいかに戦ったか――。本誌「香港の挽歌」特集より>

母親がキッチンで肉を切っている音が、ケンを耐え難い場所に引き戻す。人間の頭蓋骨。暗い通路。悲鳴。血。香港警察が滅びるか、自分が滅びるかだ。

湯気の立つ海鮮料理の皿がアパートの狭い部屋の折り畳みテーブルに置かれ、その音にケンは顔をしかめる。「さあ、熱いうちに食べて!」母親は一人息子の顔を見つめ、しわが刻まれた顔を緩ませる。

20200714issue_cover200.jpgケンは吐き気をこらえて料理を飲み込み、しゃべり、笑う。せめて食べ終わるまでは忘れよう。香港の長引く抗議デモに加わり残酷な行為に手を染めたことも、油断すれば投獄され、両親が生きているうちに出られる望みはないかもしれないことも。

2014年の雨傘運動(行政長官選挙から民主派を締め出す制度変更に抗議した学生主体の民主化デモ)当時、ケンたちの世代は高校生。彼ら自身が民主化運動に目覚めたのは2019年6月、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が犯罪容疑者の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正を強行しようとしたことが発端だった。

2019年の6月9日、約100万人が平和的な街頭デモを実施。ケンもガールフレンドとおそろいのアディダスを履いて参加した。2人も含めて参加者全員が平和的なデモを象徴する白服を着ていた。

2人は手をつないで世界第3位の金融センターを少しずつ進んだ。唯一の武器は自らの声、プラカード、そしてデモ参加者が香港の本質的価値と呼ぶ自由、民主主義、法の支配を守るために歩くこと──だった。「香港を愛する100万人の参加者を見て涙が出た」とケンは言う。

報道によれば、デモ隊は車1台傷つけず、窓1枚割らなかったという。若者たちはボトル入り飲料水を配り、空になったボトルはリサイクル用に分別。バスや救急車が通る際は道を空けた。「アジア最良」とされる香港警察は一定の距離を保っていた。

それでも標的である林鄭は心を動かされなかった。中国政府が任命した62歳の行政長官は、デモの3日後、立法会で改正案の2度目の審議を強行しようとした。

ケンは4万人のデモ隊と共に立法会の建物周辺を占拠、審議を阻止した。だが喜びもつかの間、機動隊がゴム弾などを装填した銃を手に建物を包囲。丸腰のデモ隊に対して催涙ガスを使い、大混乱を引き起こした。

「白い泡を吐いている人が大勢いた」とケンは当時を振り返る。「なぜそんな目に遭わせたんだ。追い払えば済むのに」

警察は先頭集団でレンガや鉄パイプを投げていた32人を逮捕。「暴動罪」で有罪になれば最大10年の禁錮刑が科される。

【関連記事】香港で次に起きる「6つの悪夢」 ネット、宗教、メディア...

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの文化」をジョージア人と分かち合った日

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 6

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 7

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中