最新記事

米中関係

香港国家安全法という中国の暴挙を罰するアメリカの「最終兵器」

U.S. Preparing to Suspend Extradition Treaty With Hong Kong

2020年7月14日(火)16時25分
ロビー・グレイマー、ダーシー・パルダー

オーストラリアとカナダも既に、香港との間で結んでいた犯罪人引き渡し条約を停止している。このことは、西側の多くの国にとって、香港の司法制度への信頼が既に「過去のもの」であることを示唆している。国家安全維持法が可決される前、香港は約20カ国との間に犯罪人引き渡し条約を結んでいた。このうちオーストラリア、ドイツ、イギリス、アメリカ、インド、シンガポールとマレーシアなどは、中国本土との間では犯罪人引き渡し条約を結んでいない。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、国家安全維持法の施行を理由に、300万人の香港市民に対して、イギリスでの就労ビザや市民権を申請できるようにすると表明。オーストラリア政府も同様の方針を表明し、また香港に拠点を置くオーストラリア企業に対して自国回帰を促した。

6月30日に可決された香港国家安全維持法は、香港で起きた「政治犯罪」取り締まりの管轄権を中国本土当局に引き渡すことで、事実上、香港から司法の独立性を奪うものだ。同法は、「非居住者」が海外で中国政府を批判した場合についても、中国政府に訴追の権限を認めている。つまり(同法に違反したと見なされた)外国人が、香港に入境した際、身柄を拘束される可能性があるということだ。

「最終兵器」について議論も

そして犯罪人引き渡し条約の停止は、今や中国の事実上の延長線上にある香港との、もっとずっと困難な関係の「幕開け」にすぎないかもしれない。香港は貿易と金融のハブとして、中国が世界的な金融システムにアクセスするのを助けてきた――これはトランプ政権からすれば、利用できるかもしれない「弱み」だ。そのためトランプ政権内部では、中国に対する制裁として、香港の米ドル購入を制限する案が検討されていた。実現すれば香港の米ドルペッグ制が揺らぎ、中国のドル調達やドル資産投資にも支障が出ると考えられるからだ。

「政権内部では、香港の銀行が容易にはドルを購入できないようにする措置に、本当に価値があるかどうかが議論されているようだ」と、戦略国際問題研究所の中国プロジェクト担当ディレクターであるボニー・グレーザーは言う。「実際にそのような措置を取った場合、金融ハブとしての香港の地位は弱体化することになるだろう。狙いは、中国が香港をビジネスに利用できなくすることだ」

だがグレーザーは、ペッグ制に打撃を与えるやり方は、香港の銀行と市民を苦しめることになると警告する。「本当にその最終兵器を使いたいのか。政権内部でもこの問題が議論されていると思うし、そうであることを願っている」

<追記>ブルームバーグは7月13日、この「ペッグ制攻撃案」については取り下げられたようだと報じた。

From Foreign Policy Magazine

【話題の記事】
中国は「第三次大戦を準備している」
【動画】集中豪雨により氾濫する長江
銀河系には36のエイリアン文明が存在する?
カナダで「童貞テロ」を初訴追──過激化した非モテ男の「インセル」思想とは

20200721issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月21日号(7月14日発売)は「台湾の力量」特集。コロナ対策で世界を驚かせ、中国の圧力に孤軍奮闘。外交・ITで存在感を増す台湾の実力と展望は? PLUS デジタル担当大臣オードリー・タンの真価。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中