最新記事

北欧

ロシアの脅威と北欧のチャイナ・リスク──試練の中のスウェーデン(下)

2020年7月13日(月)16時20分
清水 謙(立教大学法学部助教) ※アステイオン92より転載

さらに、どちらを優先するのかについては、もう一つ議論になった問題がある。それが「国防問題」である。スウェーデンは「積極的外交政策」によって多くの紛争地域や発展途上地域を支援し、またアフガニスタンやイラクなどにも国際部隊を派遣しているが、国際貢献と自国の安全保障のどちらを優先させるのかも二〇一四年の議会選挙の争点となった。議論の末に二〇一五年にはゴットランド島の再軍備が決定され、さらに徴兵制も二〇一七年に復活することとなったが、この「国防問題」を逆説的にいえば、世界に知られるスウェーデンの国際貢献は、自国の安全保障を固めていたからこそなし得たことだといえる。

スウェーデンにおけるチャイナ・リスク

最後に、中国との関係について触れておこう。スウェーデンが中国と国交を樹立したのは一九五〇年のことで、西側諸国の中でもかなり早い時期に国家承認を行っている。スウェーデンでは長らく中国は「貧しい国」という認識であったが、リーマンショックを受けて二〇一〇年にVolvoが吉林汽車に買収されたのは衝撃的であった(もっともVolvo自体はすでにフォード傘下ではあった)。スウェーデンでも目覚ましい経済発展を遂げる中国にはどこか羨望の眼差しがあり、中国が世界経済を牽引する工場という議論も議会では見られた。二〇一二年二月の議会における外交討論の場で中道保守の国民党自由の議員から、「民主主義国ではない独裁国が世界最大の経済超大国として君臨するような世界」を次世代が生きていく危険性に警鐘を鳴らす問題提起もあったが、あまり注目を集めることはなかった。

しかし、二〇一八年九月から中国への違和感が芽生え始める。事の発端はスウェーデンを訪れた中国人観光客が予約していたホテルに一日早く到着したところ、満室だったためロビーで一夜を明かそうと居座ろうとして悶着となり、通報を受けた警察と警備員に強制的に退去させられた騒ぎである(スウェーデンでは警備員は警察からライセンス認定を受け、秩序維持のため強い権限が与えられている準公務員である。これに対する反抗は「開かれた社会」と民主主義に対する挑戦とみなされ、厳しく取り締まられる)。

この出来事に、中国が過剰なまでの反応を見せ、「人権侵害」を盾にスウェーデン政府に抗議、謝罪を求めたのであった。さらにスウェーデン・テレビがこれを題材に風刺番組で中国を取り上げたことも火に油を注いだ。

人権抑圧が問題となっている中国が、人権尊重を第一にアピールするスウェーデンに謝罪を求めたことについてスウェーデンの識者は、中国が人権問題でスウェーデンに抗議することで、欧米に対してカウンターを試みているのではないかと分析をしている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中