最新記事

航空機

イランによるウクライナ機撃墜の悲劇 なぜ飛行禁止にできなかったのか

2020年1月17日(金)12時00分

イランの首都テヘラン近郊で先週、イランに誤射され176人の死者を出したウクライナ旅客機事故は、なお多くの謎をはらんでいる。テヘラン近郊のウクライナ機墜落事故現場で8日撮影(2020年 ロイター/WANA (West Asia News Agency) )

イランの首都テヘラン近郊で先週、イランに誤射され176人の死者を出したウクライナ旅客機事故は、なお多くの謎をはらんでいる。イラクの米軍基地を攻撃したイランが、攻撃からそれほど間もないタイミングで、この旅客機に自国空港からの離陸を許可したのはなぜだろうか。そして、航空会社はなぜ、運航の延期や中止に踏み切らなかったのだろうか。

手短かに言えば、国際的な空の旅が始まって1世紀を経ているにもかかわらず、いつ、どのように空域を閉鎖するかについての国際合意がいまだに存在しないからだ。航空会社は自分たちで、時として不完全な状況評価を頼りに運航の可否を判断せざるを得ない。

空の旅がグローバル化し、絶え間なく流れる電子データが運航を導く現代においても、空域の管制は地元当局に完全に任され、つまりは政治に左右されやすい。

イラン自体、1988年に米海軍のミサイル巡洋艦ビンセンスにイラン航空の旅客機を打ち落とされ、290人が犠牲になるという悲劇を経験している。

ウクライナも2014年、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空機MH17が、親ロシア派の支配するウクライナ東部上空で撃墜された事件以来、こうした問題は重々承知している。

14年の事件を受け、国連の国際民間航空機関(ICAO)は紛争地域上空の飛行について航空会社に警告するウェブサイトを立ち上げた。しかし、298人の命が奪われたにもかかわらず、一部の国々は主権侵害の脅威と受け止め、他国から危険の警告を受けてから対応を取るまでに最大72時間の猶予を求めたため、実効性を失ってしまった。

信用の欠如

この問題を巡る緊張は、今に始まったことではない。他の国が自国領空の飛行禁止を宣言すると信じる国はまずない。その決定自体が利害の衝突をもたらし得ると分かっていれば、なおさらだ。

イラクは1985年、民間機に対し対戦中だったイラン上空の飛行禁止を宣言したため、この問題はICAOで激しい議論を呼んだ。

2014年に撃墜されたMH17機は乗客の3分の2がオランダ人だったため、同国は15年、ICAOに対してせめて空域閉鎖の基準を明確にするようにと働き掛けた。しかし、対応はいまだに取られていない。

航空安全財団のデータによると、1988年のイラン機撃墜以来、民間機への攻撃による死者数は世界で750人を超えた。

オランダ安全委員会は昨年報告書で、「武力紛争中の国は自ら進んでは空域を制限しないことが、経験則により示されている」とした。 

イランのある指揮官は今月11日、イラン軍がテヘラン上空域に飛行禁止空域を設けるよう求めたが、却下されたと述べた。だれに、どのような理由で却下されたかには言及しておらず、またイラン政府はテヘラン空港を閉鎖しなかった決定についてコメントしていない。

こうしたことから、航空会社や他の規制当局が自らリスク評価を行わざるを得なくなっている。

しかし、その際に頼る情報はばらばらで、不完全なこともある。

すべての規制当局に、航空会社に対する紛争地域上空の飛行禁止について等しい権限があるわけでもない。あらゆる航空会社の経営は激しい競争圧力にさらされているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中