最新記事

映画

現在進行形の政治事件を散りばめた意欲作『新聞記者』

2019年7月2日(火)14時40分
大橋 希(本誌記者)

実は導入部分で、本物の望月や前川喜平・元文科省事務次官らが討論番組に出演している形で登場する。映画の世界に入り込む前、ここで一瞬生々しい現実に引き戻され、「ちょっとやり過ぎか」と感じたのが正直なところ。ところが話が進むにつれ、そうした違和感は消えていく。吉岡エリカは望月とは全く別の人物として存在しているし(シムの猫背でぼそっとした感じがいい味を出している。彼女の片言の日本語が気になるという評も目にしたが、筆者はそうは感じなかった)、しっかりとしたサスペンス、人間ドラマとして見る者を引き込んでいく。

公文書改竄、関与した官僚の自殺、首相に近いジャーナリストのレイプもみ消し疑惑、首相の「お友達案件」......それにしても、まあよくもこんなに、とため息をつきたくなるような、実際の事件と似通った話が散りばめられている。ただし、そうした事件の顛末や記者と国家権力との対峙よりも、松坂の熱演もあって、杉原の葛藤に多くの人は心を動かされるのではないか。藤井によれば、杉原のモデルは、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の鎧を脱いだ脱走ストームトルーパーのフィン。「ヤバい、オレ、こっちじゃないかも」と気付いた人間だ(Pen(ペン)6/1号)。

官邸直轄のスパイ組織ともいわれる内調内部の描写は、実際とはかなり違うはず。監督たちがいくら取材をしても実像にたどり着けなかったそうで、あくまでファンタジーの世界として描かれている。色調もほかの場面とは異なる無機質なものになっているが、ここは見る人によって好き嫌いが分かれるかもしれない。

考えさせられるセリフもあちこちにある。例えば、「官僚の仕事は誠心誠意国民のために尽くすことだ」というもの。実際の官僚たちに聞いたら、こういう答えをする人は多くない気がするが、建前では彼らは「国民のため」に存在するはず。でも、実行される政策が大衆を第一に考えているとは限らないのは容易に想像できるし、この映画を見てもそれは伝わってくる。

そして、ある人物の「いま持っている情報は全て忘れなさい」というセリフ。権力が忘れてほしいこと(そして往々にしてその通りになっていること)は、私たちが忘れてはいけないことだと改めて思う。

とにかく、こういう映画がもっとあってもいいんじゃない? と感じさせる1本だ。

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中朝首脳が会談、戦略的な意思疎通を強化

ビジネス

デジタルユーロ、大規模な混乱に備え必要=チポローネ

ビジネス

スウェーデン、食品の付加価値税を半減へ 景気刺激へ

ワールド

アングル:中ロとの連帯示すインド、冷え込むトランプ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中