最新記事

キャッシュレス

消費税対策としてのキャッシュレス化のメリット、デメリット

2019年2月15日(金)18時00分
矢嶋 康次 (ニッセイ基礎研究所)

キャッシュレス決済はポイント還元期間だけでなく長期的に育てるべきだ AkaratPhasura/iStock.

<消費税率引き上げ後9カ月に限り、キャッシュレス決済にはポイント還元が行われることになった。逆進性など問題点もあるが、長期的に育てればメリットも大きい>

政府は、2019年10月に行う消費税率10%への引き上げに向けた景気対策として、クレジットカードなどキャッシュレス決済を行った消費者を対象に、ポイント還元を行うことを決めた。

ポイント還元策の予算額は2,798億円。これにより、増税後9カ月間に限り、中小小売店で電子マネーやクレジットカードなどでキャッシュレス決済をした消費者に対し、購入額の5%(または2%)分のポイントを還元する目論見だ。

また、中小小売店での導入を推進するために、必要な端末などの機器を導入する費用の3分の2、小売店が決済事業者に支払う手数料の3分の1を国が補助し負担軽減を図る。

キャッシュレス化により膨大な決済データが蓄積される。そのデータはAIを「賢く」し、第四次産業革命の肝、そして成長戦略の肝となる。今後、ICタグなどで「モノ」のデータが製造・物流・販売と一気通貫で把握でき、それに加えてキャッシュレスで決済の情報(お金の流れ)が電子データで把握できる。このビックデータは「宝」である。日本の生産性向上、競争力の源泉になる。

成長戦略であるキャッシュレス化を実際に推進していくためには、予算がつけられる今回、たとえ消費税対策として問題が生じたとしても、推進したほうがいいという政策立案者の判断は理解できる。ただし、キャッシュレス決済のポイント還元が終了する9ヶ月後を見据えて、日本の生産性向上に寄与するような仕組みを検討しておくべきだ。消費者目線で定着させ、社会で有効活用できるようにするかが重要だ。

消費税対策として導入された「キャッシュレス化」の問題点

消費税には、低所得者ほど相対的に負担が重くなる逆進性という課題があり、それを手当するために「軽減税率」が導入される。しかし、キャッシュレス化は逆進性を助長しかねない。消費税対策全体で、アクセルとブレーキを同時に踏んでいるのだ。

nissei4.jpg

現在、キャッシュレス決済の利用状況を見てみると、年齢別には30-40代、所得別には所得の高い層、地域別では都市部との特徴がある。制度の周知徹底や誰もが使える環境整備をどの程度進められるかにもよるが、高齢者や低所得者にとっては、相対的にポイント還元の恩恵は少なく、逆進性の問題が生じる可能性がある

また、消費者目線になっておらず、歪んだ消費行動を助長しかねないという問題も生じるだろう。ポイント還元が中小企業対策との位置づけになっており、中小企業で消費者が購入しないとポイント還元を受けられない。小売業が大半を占める中小企業で高所得者(高い購入頻度が期待できる層)向けの商品が店舗にならぶ、といった歪んだことが起きかねない。

成長戦略として、今からポイント還元終了後の政策を議論すべき

消費者目線でキャッシュレス決済を定着させるには、まずもって「安心」が必要だ。通信障害、停電、バッテリー切れなどの回避、多重債務問題なども検討されなければいけない。

その上で、社会インフラとして定着させるには、キャッシュレス決済で支払った消費額に対する税優遇などの方法も検討に値するのではないだろうか。

キャッシュレス化が進めば、蓄積されていくデータが企業の競争力を高めるだけでなく、政府にとっても、事務コスト軽減や「地下経済」の規模を縮小する上で重要な役割を果たす。税収増となることも期待できる。

今回は短期間での利用拡大を目論む施策だが、将来にわたってキャッシュレス決済が、日本の社会・経済に根付いていくための議論をすぐにでも開始すべきだ。


*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポートからの転載です。

nissei.jpg[執筆者]
矢嶋 康次 (やじま やすひで)
ニッセイ基礎研究所
総合政策研究部 研究理事
チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ECB総裁の後任、理事会メンバーなら資格ある=独連

ビジネス

欧州委、グーグルの調査開始 検索サービスで不公正な

ワールド

米、中南米からの一部輸入品で関税撤廃 コーヒーなど

ワールド

米上院民主党、対中輸出規制を一時停止したトランプ政
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 10
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中