最新記事

袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ

【ブレグジット超解説】最大の懸案はアイルランド国境を復活させない予防措置「バックストップ」

Brexit Q&A

2019年2月14日(木)16時00分
ウィリアム・アンダーヒル(ジャーナリスト)

――なぜ、そうまでしてアイルランドとの国境を復活させたくないのか。

この国境は政治的および歴史的な象徴になっている。北アイルランドでは60年代から約30年、イギリスからの分離独立とアイルランドへの帰属を主張するカトリック系住民と、英国にとどまることを求めるプロテスタント系住民が対立。激しい武力闘争が続いた。

「ザ・トラブルズ」と呼ばれた北アイルランド紛争では約3500人が犠牲になり、98年のベルファスト合意でようやく終結。合意に基づいてアイルランドとイギリスの国境が開放され、物と人が自由に往来できるようになった。

ハード・ボーダーへの逆行は、和平合意に反するだけではない。国境付近に監視塔や軍の検問所が乱立して美しい風景が破壊され、民兵組織の攻撃で多くの血が流れた日々を思い出させるのだ。ハード・ボーダーは、数世代に及んだ紛争の象徴だ。

――実際に暴力が再燃することがあり得るだろうか。

可能性はある。北アイルランドでは不穏な感情が高まっている。ここ数週間で、カトリック系過激派組織の反乱分子の仕業とみられる爆破事件が続いた。98年の和平合意を、完全には受け入れていない人々だ。国境問題の解決が長引けば緊張が高まり、アイルランド統一を主張する勢力が盛り返して、英国への帰属維持を訴える側も過激化しかねない。

――北アイルランドの人々は何を望んでいるのか。

大半の人はEUに残りたいと言っている。16年の国民投票は、北アイルランドではブレグジットへの反対票が圧倒的に多かった。彼らは間違いなく、ハード・ボーダーの復活を警戒している。政治的な理由だけではない。国境管理を厳格化すれば、一般の旅行者の往来やアイルランドとの商取引が遅延して、コストもかさむだろう。

とはいえ、国境復活を避けるために北アイルランドだけにバックストップを適用し、イギリス本土をEUの関税同盟のルールから離脱させるという案も実現は厳しい。英国への帰属維持を訴えるプロテスタント系地域政党の民主統一党(DUP)はメイ政権を閣外協力で支えており、彼らの協力なしに保守党は政権を維持できない。彼らはこの地域がイギリスのほかの地域と違う扱いを受けることには断固反対だ。

――多くの人が受け入れるような解決策があるだろうか。

長期的には、テクノロジーに期待する見方もある。例えば、貨物が倉庫を出る前に、税関申告ができるシステムが開発されるのではないか。X線検査やスクリーニング審査、車両番号の自動認識などを組み合わせれば、国境で物理的に止める必要はなくなる。

とはいえ、短期的な見通しは暗い。EUとアイルランド政府がバックストップ条項に関して譲歩の意思を示せば、英議会は離脱協定案を承認するだろう。メイはEUとの再交渉に臨む方針だが、EUとアイルランドは、再交渉はしないという立場を崩していない。このまま「合意なき離脱」に至ることは、全ての人が恐れる悪夢だ。

<本誌2019年02月12日号掲載>

※2019年2月12日号(2月5日発売)は「袋小路の英国:EU離脱3つのシナリオ」特集。なぜもめている? 結局どうなる? 分かりにくさばかりが増すブレグジットを超解説。暗雲漂うブレグジットの3つのシナリオとは? 焦点となっている「バックストップ」とは何か。交渉の行く末はどうなるのか。

20210119issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

1月19日号(1月13日発売)は「トランプは終わらない」特集。世界が驚き、あきれた連邦議会占拠事件。「異形の大統領」はこのまま影響力を失うのか。

ニュース速報

ビジネス

アングル:昨年不振のバリュー株復活へ、米景気回復時

ビジネス

アングル:人民元堅調、不安視する当局に「レッドライ

ビジネス

全米ライフル協会、破産法第11条の適用申請 リスト

ビジネス

英首相、和歌山沖定置網のクジラ捕獲に懸念=テレグラ

MAGAZINE

特集:トランプは終わらない

2021年1月19日号(1/13発売)

全世界があきれる米議会占拠事件をあおったトランプがこれからも影響力を失わない理由

人気ランキング

  • 1

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」分けるカギは?

  • 2

    七五三にしか見えない日本の成人式を嘆く

  • 3

    「再選を阻止せよ」浜田宏一・安倍政権元内閣参与がトランプに三行半

  • 4

    マジックマッシュルームを静脈注射した男性が多臓器…

  • 5

    暴君・始皇帝を賛美する中国ドラマ──独裁国家を待ち…

  • 6

    菅首相、1分に1回以上口にする「ある口癖」 言葉が心に…

  • 7

    「#ジョンインちゃん、ごめんね」 養父母による虐待死…

  • 8

    窮地の文在寅に金正恩から「反日同盟」の危険な誘惑

  • 9

    メルケル独首相が、ツイッターのトランプアカウント…

  • 10

    新型コロナが重症化してしまう人に不足していた「ビタ…

  • 1

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」分けるカギは?

  • 2

    マジックマッシュルームを静脈注射した男性が多臓器不全、血液中でキノコが育っていた

  • 3

    ビットコイン暴落、投資家は「全てを失う覚悟を」(英規制当局)

  • 4

    無邪気だったアメリカ人はトランプの暴挙を予想でき…

  • 5

    「生意気な青二才」「お前が言うな」批判も浴びた金…

  • 6

    トランプのSNSアカウント停止に、アメリカ国内で異論…

  • 7

    上院も制したアメリカの民主党。それでも「ブルーウ…

  • 8

    「再選を阻止せよ」浜田宏一・安倍政権元内閣参与が…

  • 9

    世界で「嫌われる国」中国が好きな国、嫌いな国は?

  • 10

    七五三にしか見えない日本の成人式を嘆く

  • 1

    「小さな幽霊」不法出稼ぎタイ人、韓国で数百人が死亡 

  • 2

    新型コロナ感染で「軽症で済む人」「重症化する人」分けるカギは?

  • 3

    脳に侵入する「殺人アメーバ」が地球温暖化により北上しているおそれ

  • 4

    マジックマッシュルームを静脈注射した男性が多臓器…

  • 5

    世界で「嫌われる国」中国が好きな国、嫌いな国は?

  • 6

    ビットコイン暴落、投資家は「全てを失う覚悟を」(…

  • 7

    台湾最新のステルス哨戒艦、中国は「ヘリ1機で沈没さ…

  • 8

    北極の成層圏突然昇温により寒波襲来のおそれ......2…

  • 9

    中国を封じ込める「海の長城」構築が始まった

  • 10

    無邪気だったアメリカ人はトランプの暴挙を予想でき…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

2021年 最新 証券会社ランキング 投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!

STORIES ARCHIVE

  • 2021年1月
  • 2020年12月
  • 2020年11月
  • 2020年10月
  • 2020年9月
  • 2020年8月