最新記事

国籍

二重国籍者はどの国が保護すべきか?──国籍という不条理(2)

2019年1月30日(水)15時55分
田所昌幸(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン89より転載

以上のような問題は、人の移動だけではなく国境が移動しても起こる。脱植民地化に伴って、旧宗主国出身の住民は本国へ「帰国」を余儀なくされた場合が多い。日本の場合も敗戦に伴って満州や朝鮮半島に居住していた人たちが、引き揚げを余儀なくされた。

しかし、複雑な事例も多い。エストニアやラトビア、リトアニアのバルト諸国は、一九三九年に独ソ不可侵条約によって一方的にソ連に併合された。冷戦後独立を回復したこれら諸国は、ソ連時代に移り住み定住したロシア系住民とその子孫の国籍取得に厳しい条件を付けた。

バルト諸国のロシア人のように、自身は移動しなくても国境が変動したために「外国人」や「少数派民族」になってしまった人々は、世界を見渡せば相当多い。何十年も「祖国」に住んできた人たちを、突然外国人扱いするのはどうかというのももっともかもしれない。血縁関係や出生地などよりも、住み、働き、家族や友人を持つという事実、つまり長期にわたる居住を根拠に国籍を分配するべきだ。

もしこういった考え方に立つのなら、国境の再編成によって「外国人」になってしまった人々には、現居住国の国籍を取得する権利が与えられてしかるべきだ。現居住国の国家にとっても、国内の少数民族集団が不満を抱えたままなのは問題であることは明らかであり、国民的統合を推進するためにも、国籍を寛容に分配する方がよいのかもしれない。

しかしソ連による併合は一方的な軍事的征服で、その結果であるソ連時代は不法な占領であるというのがバルト諸国の立場である。しかもウクライナがロシアから受けた仕打ちを見れば、ロシアとの国境も依然として安定していると確信はできまい。そうならバルト諸国が、単に長期の居住だけを根拠にロシア系住民を自動的に自国のオーナーとして処遇するのに躊躇しても、排外主義の一言で片づけられるほど簡単な話でもないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中