最新記事

欧州

現代ヨーロッパの礎「平和、人権、統合」の3つの価値観が崩壊する

Failure of Three Europes

2018年7月24日(火)19時00分
イワン・クラステフ(政治学者)

2015年の難民危機のさなかギリシャのコス島にたどり着いたシリア難民 Yannis Behrakis-REUTERS

<現在のヨーロッパに響き渡るのは未来へ向かう期待の音色ではない、完全な崩壊を招きかねない様々な雑音だ>

ヨーロッパは機能不全に陥っているのか? そう示唆する事象は、いくらでもある。NATO防衛費の負担をめぐる絶え間ない論争、移民規制をめぐる終わりの見えない交渉、そして東欧での権威主義志向の高まり......。

確かにヨーロッパは、過去70年間に何度も機能不全に陥った。それが成功の礎にもなったのだが、現在の状況はこれまでの機能不全とは違う。ヨーロッパに響き渡っているのは、未来へ向かう期待の音色ではない。完全な崩壊を招きかねない雑音だ。

現在のヨーロッパは、3つの異なるヨーロッパから成り立っている。「ポスト45年」の戦後ヨーロッパ、「ポスト68年」の人権重視のヨーロッパ、そして冷戦終結後の「ポスト89年」に台頭した統一ヨーロッパだ。しかし今、この3つがいずれも疑念にさらされている。

戦後ヨーロッパは、第二次大戦を記憶にとどめ、次に起きたら最後となりかねない戦争――すなわち核戦争――を恐れ、その阻止を決意した。

この戦後ヨーロッパが、今や機能していない。若い世代にとって第二次大戦が、すっかり「歴史」になってしまったからだ。若者は歴史の教訓を受け身では理解しても、物事を歴史に照らして考えなくなっている。

戦争の記憶が定着しにくくなっている理由は、あと2つある。1つは、戦争を生き抜いた世代が既に少なくなっていること。もう1つは、ヨーロッパに流入する難民や移民の大部分にとっては、第二次大戦が自分たちの戦争ではないことだ。シリア難民にとっての戦争は、ワルシャワやドレスデンではない。アレッポだ。

ヨーロッパ市民の大半が、今も平和を当たり前のものだと思っていることも、「ポスト45年」のヨーロッパが機能しなくなっている要因だ(現実には世界は危険な場所と化しつつあり、もはやアメリカはヨーロッパを守ることには関心がなさそうだが)。軍事力に頼るのは時代遅れで、ソフトパワーこそが重要だというEUの主張は、EUの当事者たちにも嘘くさく思われ始めている。

こうして「ポスト45年」のヨーロッパを支配する価値観は、「強靱」から「脆弱」へと変わった。戦後ヨーロッパとは平和な勢力ではなく、自衛能力のないヨーロッパを意味するようになった。

人の移動が敗者を生む

「ポスト68年」のヨーロッパの特徴は人権、特に少数派の権利を重視するヨーロッパだ。

各地で騒乱や革命が多発した68年がヨーロッパの精神にもたらしたのは、国家とは市民を守るものであり、同時に市民を脅かすものでもあるという認識だ。この68年世代のヨーロッパ市民は、社会で最も弱い立場にある人々の視点から国家を見るようになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イスラエル、ガザ巡る国連職員の中立性に疑義 幹

ビジネス

米アメックスがプラチナカード刷新で3500ドル追加

ビジネス

午前の日経平均は続伸、ハイテク株主導で最高値 一巡

ワールド

ウクライナ、ポーランド軍に対ドローン訓練実施へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中